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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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2009年のヤップデイ-2日目

もう1週間も経ってしまったけれど、3月2日のヤップデイの続きをレポートします。
※場所は今年もマキ村のヤップデイ用イベント会場、背景に見える集会場も場所自体も、伝統建築ですがこの村の伝統的集会場ではありません。
※踊りの映像はビデオから起こしたものです。また無断盗用防止のためサイズも小さくしています。

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こちらでも書いたとおり、なぜだか今年は3月1日はプリ・ヤップデイとのことで、やってることはほぼ同じなんだけど、2日のこの日が「口開け」となった。だから、開催地のマキ村の女たちによるティヨールという踊りがまず披露された。ティヨールには色々なタイプがあるが、異なった村々の衆が大きな集まりをするとき、開催地の女たちに、△△さ~ん、あたしたちに〇〇をちょうだ~い♪とシャウトする場を与えるのが、今回のティヨールである。ちなみにヨールはヤップ語で叫び、ティは接頭語にあたると思われる。

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もちろん女たちに指名された者たち(たいていは地位の高い男たち)は、要求されたものを差し出さなければならない。昨今はこの辺をサラ~ッと流すことが多かったのだけど、今年はかなり凝った演出をした者もいた。写真上は、女たちの要求項目のひとつであったワインを縄につなぎ酔っぱらいの振りをしながら登場した男たち。

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演技が嵩じて、女たちの前で一緒に唄いだすLさん。ティヨールがどういうものか知っているローカルは大喜びで見ているが、マジメで神聖な儀式だと勘違いしているツーリストには???だったろうね(笑)。

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次に出た要求は、Lさ~ん(先のLさんとは別人、歴史保存局長)、キャッシュ(ヤップ語でサルピー)ちょうだ~い♪ それで、女たちに渡す小切手を手にかざして踊ってるLさん(↑写真左端)。

このほかにも、ターメリック(身体にぬったり薬用、食用にする高級品)ちょうだ~い、とか、パンちょうだ~い、とかシャウトしてたんだけど、指名された本人がヤップデイから逃亡したっていうか、捜しても見つからなかったみたい。へ~え、昨今はそんなこともあるんだ!って感じだ。本人はヤップデイ反対派なんだろうか、それとも目立つのが嫌なのか?

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次のメニューもかなり奇異だった。プログラムにはポリス・マーチとなっていたので、一緒にいたG嬢と、かつてどの村にもいたという警護の若者組(スペイン語由来のsalthaawというヤップ語になっている)の再現でもするのかねえと話していたら、なんと現代のオマワリさんがヤップ州旗をもって登場して、しばらくオイッチニッ、オイッチニッ、やっていた。ご覧のとおり、見る人もまばらで(笑)。どういうつもりでこんなメニューを入れたのか知らないが、ポリス・マーチの登場はおそらくヤップデイ史上お初だろう。

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続いて今度はツーリストの喜びそうな石貨運び。そばでココヤシの葉先をかざしながらヨ~、ヤッターッと掛け声をかけてるリーダーに合わせて、足を合わせて進んでいく。ここで断っておきますけど、現代のヤップ人がこんな格好して暮らしているわけは絶対にありませ~ん。いわば、日本人が祭りか何かでみんなして着物を着るようなもの、この男たちは、日本でいうと羽織袴姿のような、ヤップの男の正装になっているだけなのです。ヤップデイだからね。あれっ、後ろの男女は誰だろう?

a0043520_022419.jpgは~い、ヤップ州市民生活部長につきそわれた、駐ミクロネシア連邦アメリカ大使でした~!どういうわけか、この国に配属される歴代アメリカ大使は女性で、この人は、あたしはニューヨーク市で生まれ育ったので、911のことは忘れられないわ、テロとの戦いにミクロネシア連邦も協力してよね!と、着任早々のたまった超タカ派と聞いていたが、一昨年の中国大使(女性)のマネをして、堂々のお着物姿(笑)。腰蓑からニョキッとのぞくパンツと靴をものともしないところなぞ、いかにもメリケン女っぽいね。中国人のほうがこの手の着物の着こなしは上手いかも^^
(注:市民生活部長が白いフンドシ1枚だけなのは、彼がヤップ州離島の出身だから。古式にのっとって色物も避けているわけです)

なにはともあれ、アメリカ大使は来るだけでもまだマシ、駐ミクロネシア連邦日本大使にも招待状は行ってるハズですけどお~?!(大使じゃなくて下っ端の書記官が来るとかって話も、ドタキャンになったそうですねえ...)

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その後はいよいよ踊りの登場、トミール地区タブ村メルール村の子供たちによるガメル(竹の棒を持って踊る棒術由来の踊り)。

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この踊りの名前はウルシュマ、なんとヤップの浦島太郎さんの物語だそうで。ウルシュマ~という掛け声で始まる勇壮な踊りになっているけど、もともとはヤップ本来の女の座り踊り(プルブット)だったという。動きの派手なガメルは日本統治時代から流行りだしたもので、近年はとくにツーリストに「見せる」ために座り踊りをガメルに振付けなおす村が増えているけど、なんだかなーと思う。まるで能狂言をモダンダンスに変えるようなものだもの。

それはともかく、ヤップの浦島太郎さんはさすがカメさんの種類には詳しかったようで、彼が助けて乗ってったのは、タイマイ(ベッコウにするカメ)だったそうです。日本の話のように「カメ」としてすませないところが、いかにもヤップらしい。実際、タイマイはカメの中でも一番成長が遅く長生きなのだそうだ。

a0043520_0232070.jpg今年はヤップデイについた州予算が削られたせいか、あるべきはずのブースがなかったり、あってもかなり縮小してたり、人がいなかったりで、わりと充実していた去年や一昨年に比べて、準備不足や無計画さが目立った。

歴史保存局が設営するはずのローカル・スキルを見せるブースにいたっては、屋根も場所もなし。しかもヤップ島側の展示者はとうとうひとりも現れなかった。離島のおじさんたちが、こうして会場の隅っこでほそぼそとデモンストレーション+展示即売していた。

a0043520_0253018.jpg去年まではココヤシの葉でブースを設営する費用やデモンストレーションの日当が出たようだけど、今年はプログラムにも「完成品を展示即売して良し」と書いてあるくらいだから、日当は出てないのだろうなあ。だからヤップ島の人たちは出てこなかったのだろうし、離島のおじさんたちからはちょっとうるさいくらいに、スー、オレの作品を買うお客を連れてきてくれよ、といわれた。

a0043520_0302286.jpgヤシロープも地べたで展示即売(笑)。あまりにも「はずれ」にいるため人気もほとんどなく、せっかくやってきたのにお客もいないでは可哀想なので、細撚りのロープを1本、$25.00で買ってあげた。ヤシロープは腰蓑をつなぐのにも使うし、いろいろなインテリアにも重宝するからね。

a0043520_031392.jpgおじさんたちもやっとロケーションの悪さを自覚したようで、後半はYINECのローカルフード・ブースに空いた場所を見つけて、販売品を展示していた。でもねえ、歴史保存局のローカル・スキル展示という目的が、いつのまにやら物品販売になっちゃったような感じだったから、ちょっと?だった。予算がないなら、はっきり止めてもよかったのかもね。

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わたしがぶらぶらブースめぐりをしている間に、メイン・ステージのほうでは、子供から年寄りまで、男女・年齢別のヤップ伝統衣装のデモンストレーションが始まった。何度も断っておくけど、現代のヤップ人でこんな姿で生活している人は皆無だ。ただ40歳以上のヤップ人なら、子供の頃~若い頃にはまだ頻繁に伝統衣装を着ていたと思う。

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日本の着物と同じように、ヤップの着物にもTPOというか、成長段階に応じた素材やデザインがある。たとえば日本では歳を取って振袖を着てるとおかしいし、子供には筒袖があるように。また年齢に応じてコミュニティ内での役割が決まっていたから、服装はそれを見分ける(わきまえる)上でも大事な役割を果たした。

あいにく、このころから雨が降り出し、モデル役のみなさんには濡れながらのデモンストレーション、ご苦労さまでした。

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次は不安定な天候を押しての丸太引き。家を建てたりカヌーを造ったりするのに、かつて大きな木材を山から海岸に引き出すのは大事な仕事だった。それで日本の木遣り歌のような歌がヤップにもある。今年はヤップ島と離島との競演となった。、上はヤップ島の男たちの作業姿。

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こちら↑は離島の男たちの丸太引き。やってることはほぼ同じなのだけど、ヤップの木遣りのほうが、ちょっとのどかで情緒があるかな-という気がした。離島は島が狭くて坂道もあまりないのでスピーディなのかもしれない。

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お次は刺青のディスプレー(注:デモンストレーターの身体にマジックで描いてあるだけ、本物ではありません)。ミクロネシアは刺青文化圏だったから、クリカラモンモンの人も昔はたくさんいたけど、その幾何学的デザインにはそれぞれ意味があったし、年齢やランクに応じたキマリがあった。現代のようにファッションや好みで入れるもんじゃなかったみたい。

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午後3時もまわりプログラムではふたたび踊りの順番が近づいたころ、雨は最高潮に達した。G嬢ママがそっとわたしに言うことには、どうやらどこかの踊り手がルール破りをしたらしい。踊りの前にはサカナを食べちゃいけないし男にもさわっちゃいけない。でも誰かがこの掟を破ったから雨になったのよ!

というわけで、ファニフ地区イイン村のガメルが始まったときには、さすがのわたしもビデオ・カメラと腰蓑が濡れるのを気にしちゃうくらいの降りになってしまったけど、別にこの方々の中にそのような不心得者がいたとは思えません。雨の中をご苦労さまでした!

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次のマアプ地区アミン村の子供たちによるガメルが登場することには、幸い雨も上がり、練習のかいあって素晴らしい出来の踊りとなった。

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同じマアプの中でも違う村の人たちからは、あいつらの踊りはピョンピョン跳ねて変だ-と言われてるけど、別に歌い手を置かないで、激しく踊りながら数人でチャーントを唄いつづけるその声量と、男の子たちの跳躍は見事だった。

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さて、いよいよ今年のヤップデイのトリを飾る最大の見物、女のガシュラウの出番となった。おそらく女のガシュラウがヤップデイなど公然の場で踊られるのは、ヤップ島史上初めてのことではないか?去年、同じ村の同じ踊りをグアム島まで行って踊ったらしいが、ヤップ島内では賛否両論ケンケンガクガクだったようだ。今回のヤップデイに出すについても、それは同じ。

というわけで、この踊りを出すルル地区のおエラ方が、会場であるガギル地区のおエラ方、ならびにマキ村、それにこの地(buut)の神さんに許しを乞うの儀式↑(そんなことするくらいなら踊るなという意見もあり)。

a0043520_040343.jpg女のこういう踊り(ガシュラウ)は、葬式のときに女たちの間だけで踊られたものだという。ヤップの葬式では、埋葬の前に棺の蓋を閉めるときまで、女たちだけで遺体につきそう。男らは少し離れたところで、男の弔問客を接待している。遺体につきそう女たちは、独特のメロディの泣き歌の中に即興で故人への思いを語りながら泣くということを24時間体制で続けている。そこへ、気晴らしというと変だけど、下ネタ話も混ざったこういう踊りを提供するグループがやってきたのだそうだ。ちょっと理解しにくいかもしれないけれど、悲しみの最中にその逆をやるというメンタリティはヤップ人らしい。

残念ながら、葬式でこういう踊りをする習慣は、80代後半になる知り合いのおばあさんが子供のとき、かすかに見た記憶がある、というほどの大昔に途絶えてしまったようだ。

a0043520_0411295.jpgそして去年、ルル地区ンガリィ村の女たちが、この踊りを復活させた。タイトルはカード、すなわち、Cardのことだ-というから、踊りそのものの創作はそんなに昔ではないだろう。

80年代に男のガシュラウが初めてヤップデイで踊られたときにも、そうとうのケンケンガクガクがあったという。それが今では男のガシュラウは男も女も子供にいたるまで、おかしな振りにきゃっきゃと笑いながら真昼間から堂々と見物する時代になった。若い世代では、ガシュラウがどういう類のものか知っている者のほうが少ないだろう。そしてついに今年から、女のガシュラウまで登場することになってしまった。

a0043520_04264.jpgG嬢のおばあちゃんは、世も末じゃ...という顔をして踊りを見ないで帰ってしまった。ヤップ州営放送局が生放送するラジオや地上波デジタルを聞いて、ヤップの多くの年寄りが眉をひそめたことだろう。逆に伝統復興だ!と喜んでいるのは、戦後生まれの現役リーダーたち。彼らの青春は、60年代-70年代、アフロヘアーでカワサキ(オートバイ)をぶっ飛ばしてたチャキチャキのアメリカン世代なわけだ。

どんな地域でも、伝統が、復興、保存、されるようになると、本物とは似て非なるものとなる。本物の中で生きた世代にとっては、そういうものを見せつけられるのは耐え難いことだろう。ヤップの踊りに関して言えば、ガシュラウに限らず、座り踊りの小さなしぐさや振りのひとつ、ひとつの味わいが、すでに失われつつある。おばあちゃんたちの手の動きの優雅さ、首の動きの美しさを理解し、身につけようとする踊り手はほとんどいない。おばあちゃんたちも、言っても聞かないから、といって教えることをあきらめる。生活のスピードやリズムが違うんだらか仕方ないのかもしれないけれど、なんだかとっても悲しい。

いろんな踊りを見ながら、怒涛のような勢いでなだれ込む外の影響(ツーリズムも含めて)が、この世界経済不況でドーンと弱まり、ヤップの人々がちょっと落ち着いて自分らの伝統について考える時間を持てるようになったら良いな...と思う。そうすることで、ようやく質のともなった新しい伝統へと一歩が踏み出せるのかもしれない。たとえ昔とは似て非なるものとしても。


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by suyap | 2009-03-08 21:20 | ヤップの伝統文化
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