4つの島の塊がひとつのサンゴ礁で囲まれているヤップ島の真ん中を、南北にとおる細く浅い水路がある。ヤップ語のアルファベット表記では
Tagreengだから、カタカナで書くとタガレンあるいはタグレン、ガやグにはあまりアクセントを置かないで、どっちつかずの発音をすると近くなる。
上が現在の水路。上を通る橋は、1992年に道路が舗装されたとき架け替えられた。コロニアから島の北や西方面に水路を行くときは必ず通る場所で、
ミル・チャネルへのダイビングへの行き帰りにも、マングローブの間を抜けて通過する。
上の写真は、ほぼ同じ位置から約70年前に撮られたもの。日本統治時代に架けられた初代の橋が見える。当時のヤップには自動車は数台しかなかったという。初めての自動車がヤップに来たのは、この橋が完成する数年前だそうだ。
(写真は天野商店のアルバムより)
初代の橋は64年前太平洋戦争中に爆撃で破壊され、戦後に上陸してきた米軍によって造られた2代目の橋を経て、今から20年前の道路舗装工事のとき現在の橋に架け替えられた。
この橋の袂に、ひとつの石貨が飾ってある。そして、よく表面を見ると、
たがれんと右から左へ読める。
この石貨は1代目の橋が破壊されたあと、長い間土の中に埋もれたままになっていたものを、つい数年前に掘り起こして水路に飾ってくれたものだ。
ヤップ人の大事にしている石貨にこんな彫り物をするなんて、いくら日本統治下とはいえ、ヤップ人としてはとても歓迎できることではなかっただろう。それを今は「観光のため」と称して展示しているわけだけど、石貨のうえに書かれたひらかなを発見して単純に驚いたり喜んだりしている日本人ツーリストを見ると、複雑な思いにとらわれるのだった。
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