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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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君死にたまふことなかれ

君死にたまふことなかれ_a0043520_23161378.jpg最近もまたヤップ島出身の青年が米軍兵士として亡くなり、星条旗に包まれた棺に入れられて帰還した。写真は遺体を乗せた飛行機より一足先にヤップに到着し、整列して棺を待つグアムから来た米軍兵士たち。

ミクロネシア出身者が米軍兵士として死ぬと、10人くらいの単位でこのような部隊が派遣されてきて米軍式の葬式を執り行い、家族のあらゆるニーズに応じてくれるという。誰それが死んだときは2階建ての家を建ててくれたとか、いや家どころか本道から家に至るまでの道も舗装してくれた、とか、そういう話が飛び交う。そしてもちろん、補償金をいくらもらったとかも...。3年前に息子を米軍で亡くしたある夫婦は、その後そろって仕事を辞めて大酒を飲み暮らすようになり、「奴らは息子の血を飲んでいる」と陰口されている。

ミクロネシア地域が米国による信託統治領だった時代には、この地の青年が米軍に志願するには米領土内から参加するしかなかったが、それでもグアム、ハワイ、米本土に留学中に志願する若者は決して少なくなかった。15年間の経済援助とミクロネシア連邦国民がビザなしで米国内に居住/就労できる特典と引き換えに、米国は50年間にわたって好きなときにこの国に軍隊を持ってくることが出来る-という協定(自由連合盟約Compact of Free Association、現在は2004年に更新された第2フェーズに入っている)を結んで、1986年にミクロネシア連邦は形ばかりの独立をした。それ以後、米軍は毎年リクルートにやってくる。イラク戦争が始まってからは、その回数も増やし採用基準も緩めたようだ。わたしの知人の中にも、ベトナム戦争帰りや湾岸戦争経験者がいるし、現在アフガニスタンやイラクに行っている者もいる。




イラクで戦死した最初のミクロネシア人はポンペイの若者で、2004年9月のことだった。それから数ヵ月後、退役を間近に控えたヤップ島出身者も戦死した。この4年間にイラクで戦死したヤップ島出身者は2人、イラク以外の場所で勤務中に事故死、病死した兵士が2人いる。他州の戦死者の数を聞いてまわったが、はっきりいえる人はいなかったし、みんな、あまり触れたくなさそうだった。明らかに精神状態がおかしくなった若者の話も聞くし、戦死は免れたけれど重傷を負った者は数えきれないが、中でも2003年に両足と片腕を失って生還したポンペイの若者はヒーローと讃えられた。お隣のパラオでも、この夏2人目のイラク戦死者を出した。

(2011年6月5日追記)
〇ヤップ州出身の戦死者は現在4名(イラク1、アフガニスタン1、両地域に従軍直後のガン発症による死1、職務中の事故死1)
〇ミクロネシア地域全体の戦死者は39名(追記終わり)


ミクロネシアの島社会はどこも小さく狭い。同世代で島が同じなら、ほとんど顔見知りといっても良い。そんな土地柄で全人口の1%が米軍に入っていて、顔見知りが4年の間に米軍で4人も死ねば相当な衝撃があると思われるが、それでも米軍に志願する若者は絶えない。米本国では相当難しくなったリクルートが、ミクロネシアでは容易にできる-と、米軍リクルート関係者には評判だ。

ちょっと勉強と運動ができる子は、米軍の「テスト」を腕試しに受けてみようか-と思うらしい。それで受かればラッキー!島の生活では考えられないような額の給料と奨学金が約束され、働きながら各種の技術免許を取得できる。無事に20年を勤め上げれば、島では一生遊んで暮らせる年金が保証されるし、家族やまわりにも、そういう退役軍人がたくさんいる。それに、エネルギーの有り余った若者が小さな島で仕事もなく鬱屈するよりも、「ちょっと違う世界を見てみたい」という気持ちも強い。

マイクロネシアン・ゼミナール(Micronesian Seminar)が運営している掲示板を見ていると、米軍志願の是非を問うトピが立てられても、すぐにミクロネシア人米軍関係者(現役/退役/志願中)によって米軍礼賛、愛国主義礼賛の書き込みで埋まってしまう。(FSM Citizens in US Military

そんな青年たちも親次第で、うちの元スタッフAは、米軍採用試験に合格して本人は島を出たくて仕方ないらしいが、いまだに親が許さないので入隊できずにいる。かなり昔に短期間で働いてくれていたBの父親は、息子がダイビング屋で働くことにずっと反対していたが、米軍に受かったと聞くとすぐに諸手を上げて喜んだそうだ。彼はそのまま、まだ軍隊に在籍しているようである。

以前は「米軍試験に受かる」というのは、かなりのステイタスだったようだが、最近はかなりグレードを落としているので「あんな奴も憂かったよ」という話も聞こえてくる。積極的に人生を切り開きたい元気な青年男女が、毎年数十人単位で「誰かのための戦い」に参加している。

マイクロネシアン・ゼミナール(Micronesian Seminar)の主催者で、長年ミクロネシア人子弟の教育に携わってきたイエズス会のヘゼル神父(Francis X. Hezel, S.J.)は、
Given the limited educational opportunities and job prospects they have, their choice makes a good deal of sense. The package they're promised by military recruiters is undeniably attractive. But is this the best that their country-their own country, not the one they swear to defend-can offer them?
(ミクロネシアの青年たちの)限られた継続教育の機会や就職の見通しを考えると、彼らの(米軍に志願するという)選択もうなづける。米軍のリクルーターが約束するパッケージは、否定できないほど魅力的だ。しかし、果たしてこれは、彼ら自身の国-彼らが守ることを誓った国ではなく彼ら自身の国-が、彼らにしてやれる最上のことだろうか?(The Call to Arms: Micronesians in the Military
http://www.micsem.org/pubs/counselor/
frames/calltoarms.htm)
と、この国のリーダーたちに問題提起する。

ポンペイ在住のWilly Kostkaは、もう一歩突っこんでこう書く:
(ミクロネシアでは)血を流して戦って守るべきものは、父祖の土地と血でつながった家族だけだ。イラク人のひとりでもそれを脅かしたか?
Fighting Somebody Else's War!
http://www.micsem.org/pubs/counselor/
frames/kostka.htm
と問いかけて「(自分とは関係のない)誰かのための戦い」に参加することの不当性を説く。

上記の記事はいずれも2004年に書かれたものだ。最近のミクロネシアでは、こういう言論を見つけることすら難しい。ミクロネシア連邦では2004年から、米国の退役軍人の日と同日(11月11日)を外国の戦いに参加したミクロネシア連邦退役軍人の日(FSM Veterans of Foreign Wars Day)と定め、毎年、ポンペイの米国大使館前で儀式が執り行われている。

この記事を書くにあたって、与謝野晶子の有名な反戦詩「君死にたまふことなかれ」を思い出した。いろいろな説はあるようだが、「民」をコントロールして「誰かのための戦い」に狩り出されることへの非を高らかに歌い上げた良い詩だと、あらためて思った。

君死にたまふことなかれ
 (旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて)

ああをとうとよ、君を泣く、
 君死にたまふことなかれ、
 末に生まれし君なれば
 親のなさけはまさりしも、
 親は刃をにぎらせて
 人を殺せとをしへしや、
 人を殺して死ねよとて
 二十四までをそだてしや。

堺の街のあきびとの
 旧家をほこるあるじにて
 親の名を継ぐ君なれば、
 君死にたまふことなかれ、
 旅順の城はほろぶとも、
 ほろびずとても何事ぞ、
 君は知らじな、あきびとの
 家のおきてに無かりけり。

君死にたまふことなかれ、
 すめらみことは、戦ひに
 おほみづからは出でまさね、
 かたみに人の血を流し、
 獣の道に死ねよとは、
 死ぬるを人のほまれとは、
 大みこころの深ければ
 もとよりいかで思されむ。

ああをとうとよ、戦ひに
 君死にたまふことなかれ、
 すぎにし秋を父ぎみに
 おくれたまへる母ぎみは、
 なげきの中に、いたましく
 わが子を召され、家を守り、
 安しと聞ける大御代も
 母のしら髪はまさりぬる。

暖簾のかげに伏して泣く
 あえかにわかき新妻を、
 君わするるや、思へるや、
 十月も添はでわかれたる
 少女ごころを思ひみよ、
 この世ひとりの君ならで
 ああまた誰をたのむべき、
 君死にたまふことなかれ。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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by suyap | 2007-12-09 23:14 | ヤップと戦争
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