たくさんのヤシガニが届いて、これからしばらく飽きるほど食べられると思うけど、このままじゃ罰が当たりそうなので、ヤシガニにまつわるヤップの民話をひとつ紹介して、彼らに敬意を表しておきたい。
きのうも書いたとおり、ヤシガニはすごく長生きだ。体重が2キロを越すのに30年はかかるのに、4キロ以上の個体が見つかることもあるという。
ふだんは夜行性で、昼間は大きな木の下や穴の中など、湿気の多いところに隠れている。木登り、穴堀りも得意で、とくに年に1度の脱皮のときには、1m以上の穴を掘り、その中で脱皮して、脱皮した抜け殻を食べながら、新しい殻が十分硬くなるまで1ヵ月以上、穴の中に潜む。また、巣穴の中にいるときは、(乾燥を防ぐために?)ハサミで入り口をふさいでいるのだそうだ。
ヤップの民話にもよくヤシガニが登場する。
ここで紹介するストーリーにも、上記のようなヤシガニの習性や特徴がよく盛り込まれていると思う。それでは、どうぞ。
むかしむかし、ヤップ島の南のほうの村に、3人の兄弟がいました。
あるとき、村で踊りを披露することになり、この3兄弟も踊り手に加わって練習を重ねていましたが、どういうわけか、末の弟がいちばんの踊り手として認められ、踊りの真ん中の役を申し付けられました(※)。
(※)
ヤップの踊りは横一列に並んで踊られるが、その真ん中の踊り手は、全員の気合を確かめて、まずソロでチャントの口を切る。列の後ろに控えるコントローラー(仮称)役とともに、踊りでは重要なポジションだ。
2人の兄たちは、弟の両隣に配置されましたが、心の中では末の弟をねたんでいました。
いよいよ踊りの完成も近づいて、晴れのお披露目の舞台では、踊り手みんなの頭飾りに
モロブ(グンカンチョウ)の羽をつけることが決まったので、兄弟そろって
ングルー(ヤップとパラオの間にある環礁)まで羽を取りに行くことになりました。
カヌーがングルーのとある小島に到着すると、2人の兄たちは、「自分らはこっちを探すから、お前は向こうを探したらどうか」と末の弟に言い、何も知らない弟は、素直にそれに従いました。弟が島の反対側に見えなくなるのを確認すると、2人の兄たちは急いでモロブを捕まえて羽を取り、乗ってきたカヌーに駆けもどって帆を揚げました。
しばらくして元の海岸に戻ってきた弟は、そこにあるべきはずのカヌーがないのを発見し、驚いて水平線に目をやると、どんどん遠ざかっていくカヌーの帆が見えるだけでした。
兄たちに置き去りにされたことを知った弟は、いつまでも、いつまでも、激しく泣いていました。泣いて、泣いて、涙が枯れ尽きるころ、今度は空腹が襲ってきました。でも、島のどこを見渡しても、民家どころか人影すら見あたりません。
そこで、今度は空腹のために弱々しく泣きながら浜を歩いていると、とある大きな
アウ(ガジュマルの仲間-よくヤシガニが棲む)の下で、誰かが火を焚いており、その上に鍋が乗っていました。
再びあたりを見回しましたが、、やはり、どこにも人の気配はありません。
「この鍋はどなたのものですか?」と大声で問うても返事がありません。
思わず鍋の蓋を開けてみると、そこには美味しそうに煮えたタロイモがありました。
弟はそれを見て、自分のバスケットの中に釣り具があったのを思い出しました。そこで釣り糸にフックをつけて海に垂らすと、すぐに大きなサカナが釣れました。
それを持って鍋のそばに帰ってきて、もう一度、声をかけましたが、やはり返事がありません。仕方ないので、弟は、鍋からタロイモを一切れだけ頂戴し、サカナを半身だけ食べて、残りの半身をタロイモのお礼に残しておくことにしました。
満腹になって元気を取り戻した弟が、その場を立ち去ろうとしたときです。
「そこで何をしているの?
わたしのタロイモを食べたでしょう?」
という大きな声がしたので、びっくりして振り向くと、そこには1匹の
アユイ(ヤシガニ)が弟を睨みつけていました。
そこで、弟はアユイに今までの経緯を説明し、あまりの空腹にタロイモを一切れ頂戴したけど、お礼にサカナを半身残して立ち去ろうとしたことを伝えると、アユイは、「自分の家に泊まってもいいよ」と言ってくれました。
弟はアユイの言うとおりに、彼女の家の客人になりました。
驚いたことに、毎朝、弟が起きてみると、そこにはタロイモ、ヤムイモ、パンノミなど、さまざまな主食が、最高の味に炊き上がって用意されているのでした。
それなのに、まわりを見渡しても、田んぼはおろか、ヤムイモの畑もパンノキも見あたらないのです。
あるとき、弟はアユイに、「ひとりでここに住んでいるの?」と聞きました。
すると、アユイは、「年取った母親の面倒を見ながら住んでいる」と答えました。
「ぜひ、お母さんに会わせてくれ」と弟が頼みますと、「わたしの母親は、すごく醜くて怖いから、あなたはきっと後悔する。会っては駄目だ」と言い張ります。それを何とか説き伏せて、しぶしぶ案内するアユイの後について、穴の奥にある母親の部屋に行きました。
そこで、戸をあけた途端...
「ああ~~~っ」
部屋の入り口をいっぱいに覆っているものに圧倒されて、弟はすぐに戸を閉めてしまいました。
それからしばらくして、弟はアユイに言いました。
「もうすぐヤップの自分の村で、あの踊りが披露される日がくる。ああ、自分も参加できたらなあ...」 弟は、ングルーに取り残されてからも、ちゃんと日数を数えていたのです。
するとアユイは、「あなたも帰って踊れば?」と言いました。
弟: そんなこと、無理に決まってるじゃないか。ここにはカヌーもないし...
アユイ: 明日の朝、目が覚めたら、すぐに海岸にお行きなさい。そこには1本の流木が待ってます。それがあなたのカヌーです。それに乗ってヤップに帰れます。ヤップに着いたら、そのカヌーの上に、若いヤシの実をひとつ置いておきなさい。そうすると、あなたがここに帰りたくなったときには、いつでも、そのカヌーが待っているでしょう。
翌朝、海岸に出てみると、アユイが言ったとおり、そこには1本の流木がありました。弟がそれに乗ると、まるで意志があるかのように流木は海面を走り、なんとその日の夜には、ヤップの弟の村の近くまでたどり着きました。
アユイの言いつけを守って、ヤシの若い実を流木に置いてから、弟は密かに両親の家の戸を叩きました。
「誰?」
「ぼくです。貴方たちの末っ子です」
「冗談はやめてくれ。あの子はングルーで死んだというから、葬式も済ませて、なんとか悲しみを忘れようとしているのに...」
「いいえ、ぼくは死んでなんかいません。どうか戸を開けて顔を見てください」
やっと戸を開けた両親の驚いたこと、嬉しがったこと!
兄たちは、「弟は事故で死んだ」と、嘘の報告をしていたのです。
それを聞いた弟は、両親に、踊りの披露目の日まで、自分が帰ってきたことを誰にも内緒にして、かくまってくれるように頼みました。
そうして、その当日...
母親の助けで、すっかり衣装の着付けも終わった弟は、頻繁に
マラル(村の集会場の前で石貨の飾ってある舞台)の様子を見に行ってもらい、踊り手がすべて入場を済ませるのを待ってから、立ち上がりました。
自分の居るべき真ん中には、それぞれが主役を譲らない2人の兄たちがいましたが、堂々とマラルに入場してくる弟を見ると、彼らのしたことは聴衆にも他の踊り手にも一目瞭然です。黙って左右に離れて、弟に場所を譲りました。
いよいよ弟が踊りの始まりを告げるチャントを口にしようとした、そのとき...
どこからともなく飛んできた2匹の
モロブが、フワリと舞い降りて、その両肩に止まりました。
見ると、弟の頭飾りだけモロブの羽がついておらず、それを知ったアユイが生きたモロブをングルーから送ったのでしょう。
やがて2匹のモロブを両肩に乗せた弟に率いられて始まった踊りは、聴衆にも、踊り手らにも、その場にいた全員に大きな感動を与えました。踊り手らの踏み鳴らす足音の響きに合わせて、ングルーにいるアユイもその大きなハサミで地面を叩いたので、その地響きはヤップまで伝わってきたということです。
*********
この話をしてくれた若い女の子が、ポツリとつぶやいた。
「ヤップの民話って、なぜか弟や妹が、年上の兄や姉にいじめられる話が多いのよね...」
「年長者の言うことには絶対服従のヤップのしきたりの中で、弱者がいじめられっ放しにならないようにする教訓じゃないのかな...?」と、わたし。
彼女自身は長女。病弱な両親の世話や、面倒見の良いお姉ちゃんに甘えて勝手し放題な弟妹の尻拭いを、黙々とこなす毎日なのだが...
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