
ヤップ島の石貨といえば、真ん中に穴がひとつ開いた大きな石を連想する方が多いと思うが、中には穴が2つあるものもある。
文字を持たなかったヤップの文化では、石貨のストーリーも踊りや昔話として受け継がれてきた。中でも、パラオから初めて大きな石貨を運んできたとされる
ファダアンと
アングマンの話は有名だ。そして、左(上)の写真の2つ穴の石貨は、ファダアンが最初に運んできた石のひとつなのだそうだ。
初期の石貨は小さな装飾品のようなものだったらしく、科学的(?)調査の結果、中には西暦2世紀頃まで遡れるものがあるという。やがて競って遠くの島に行き大きな石貨を作ってくるファダアンたちの時代になるが、それがいつ頃なのか、今となっては確かめようもない。この石貨がヤップにもたらされたのも、もしかしたら千年以上昔のことかもしれない。
一説には、石貨に棒を通して筏に組むとき、2つ穴のほうが安定性が良いので、初期の石貨には穴が2つあったのだという。現在、ヤップには2つ穴の石貨が4つ残っているが、これらはすべてファダアンによってもたらされたとも言われている。

上の石貨の表面をよく見ると、あちこちに、右の矢印が指す部分のような窪みがある。これは、昔、この石貨を所有する村の戦士たちが戦いに挑む前、この石貨から削り取った石粉を身体に塗りつけたからだといわれている。一部の石貨には、このようなお呪いのような威力があったらしい。
スペインやポルトガルの船がやってくるようになる以前のヤップでは、100以上の「村」がそれぞれ連合(リーグ)を組んで、食糧生産や居住性により良い土地を求めて戦いを繰り返していた。最盛期のヤップ島の人口は、多いときで4万人以上もあったと推定されている。それが、20世紀初頭のドイツの調査では6000人を切り、1945年の終戦時には3000人を切っていた。
たった2世紀足らずの間に人口が10分の1になるということは、民族にとっては存続にかかわる一大時だ。宣教師と共にやってきたスペインの軍隊と戦って、数十年で10万人の人口が2000人以下に減ったグアムやサイパンの先住チャモロ人と違って、ヤップ人の人口激減は、外国人のもたらした病気が原因と考えられる。インフルエンザ、梅毒を始めとする性病、肺結核、ハンセン氏病、天然痘、赤痢、コレラ、挙げるとキリがない。
ミクロネシアのどの島でも、同じような人口の激減が起こっている。東のコスラエ島などは、アメリカの捕鯨船員のもたらした伝染病によって、一時人口300人にまで落ち込んだという。

ヤップの変わった石貨のことを書くつもりが、どんどん話がそれてしまった。でも、これもアリにしておこう。ミクロネシアを訪れる外国人には、こういう歴史もあらかじめ知っておいていただきたいと、わたしは常々思っている。人口規模が10倍、100倍、1000倍もある「国」からやってくる「外人」に、小さな島の住人が潜在的に持つ脅威、あるいは圧迫感というものに思い(感じ)至らないうちは、同じ土俵でのつき合いは始めようもないからだ。(写真は、また別の2つ穴の石貨)
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