ヤップのダイビング屋なのに、私はこのブログでまだ一回も
マンタを登場させてなかったですね。
マンタの標準和名はオニイトマキエイ。体幅2m以上にもなる大型のエイで、主にプランクトンを食べて生きています。人間に危害を加える心配のない大きくて優雅なサカナで、世界中の亜熱帯~熱帯域に生息しています。
私があまりマンタのことを取り上げないひとつの理由は、いま水中に携行している小さなデジカメでは、よほど透明度に恵まれてマンタが接近してくれないと上手く撮れないし、かといってガイドがお客様を差し置いてマンタの撮影にしゃしゃり出るわけには行かないという事情がありますが、もうひとつ大きな理由は、「
特定の生物を人間の都合で広告塔にしてはいけない」と考えるからです。
ヤップは確かに「マンタを見やすい」地域のひとつです。だからヤップの海でマンタを見るのは、しごく普通の状況。でもマンタはかなり広範囲に大洋を移動する生物で、ヤップで見られるマンタの数も年や水温、海の状況によって増減します。だから「ヤップに行けば100%マンタに会える」なんて大きく宣伝すると、マンタを見ることを第一&唯一の目的にして来る人が多くなり、するとマンタは人疲れしてダイバーを避けるようになり、そうなると余計マンタを追いかけまわす人も出て、ますますマンタにストレスを与える、という悪循環になります。実のところ、いまのヤップはそういう状態になっています。
ひとつの目玉商品で「売る」のでなく、ヤップの
海も
陸も
人も丸ごと見て、何かを感じて、そして元気になって帰っていただきたい、というのがガイドとしての私の願いですので、敢えてマンタを前面に押し出していないわけです。でもお客様にマンタと素敵な出会いをしていただくための努力と経験は誰にも引けをとらない自信があります。それに
うちは小さな会社でして、いつも少人数で潜るので、マンタもけっこう気を許して近づいて来てくれることが多いかも、です。
手前味噌の前置きはこれくらいにして、それにしても、このブログのマンタデビューをこんな悲しい出来事で飾るとは、、、
テレビ朝日系で土曜朝9時代に全国放送されている旅のバラエティ番組で
「朝だ!生です旅サラダ」というのがありますね。この取材チームご一行様7人が、11月17日にヤップにご到着になりました。そして翌日から2日間バタバタと取材してお帰りになりました。幸い(笑)私はこの取材には全くかかわっていませんし、向こうからお声もかかりませんでしたが(爆)。この手の番組は取材を受け入れてくれる会社や組織または個人の「協力」によって作られます。「協力」というのは通常「宿泊料無料」とか「大幅なおまけ」とか「景品提供」とかです。
番組ウエブサイトを見ていただけばわかりますが、
旅サラダも、
取材に協力して便宜を提供したホテルやサービスだけ番組で紹介されます。それによって日本国内であれば「お客さん殺到」というリターンをビジネスとしては期待できるわけです。でもヤップのような交通の便の悪い小さな島では、どれだけ宣伝効果あるのかなあ、ってとこです。それにしても、この手の番組(というより今の日本の大手メディアさん)には、地域全体の健全な活性化や、正直でフェアな紹介、そして取材によって生じる地域へのインパクト(悪影響)を最小にする努力、というような気配り(あるいは取材対象への愛)は、全く期待できません。取材に来る前から撮りたい画が決まっていて、取材対象をそれに「はめよう」とする。バタバタと現地を短時間でかき回して、ハイ、サヨーナラ。だから、私はテレビ屋さんを始めとする日本のメディアとかかわるのは極力ご遠慮しているのです。取材コーディネートを過去にやったことがないわけではありませんし、
とってもいいお金になるのですが、あとで悔しくて悲しい思いをするのはつらいですから。それはさておき、、、
11月18日、私はマンタを見ることが期待できる水路でお客様とダイビングしていました。1ダイブ目はミルチャネルという島の北西に位置する水路に行き、透明度が非常に低いにもかかわらず、2匹のマンタと会えました。
クリーニングステーションでは、1匹のマンタが私たちの目の前でしばらく優雅に舞ってくれました。
大きいな体をしたマンタには手が無いので、寄生虫や藻がついて痒くても体を掻くことができません。それにエラがつまったら一大事です。そこでマンタの体に住む寄生虫や藻を餌にしている小さなサカナが住むサンゴにやって来て、それらを体に乗せて「掻いて」もらうのです。それをクリーニングといい、そういうサカナの住んでいる場所をクリーニングステーションといいます。ダイバーはそういうクリーニングステーションの近くの、
マンタを妨害しない場所でマンタの到来を待つというのが、マンタウォッチングのエチケットです。
私たちがボートに戻る直前に取材チームの水中撮影班がやってきました。潜り終えた後に隣りあっていたボートから聞こえてくる会話からは、彼らはここではマンタを見られなかったようです。既にマンタを見ていた私たちは、潮の流れや風の状況から、次は北東側のゴフヌーチャネルで潜ることにし、そちらにボートを移動させました。直後に水中撮影班のボートも同じ場所にやってきました。
ダイバーがたくさんいるとマンタは神経質になります。それに取材カメラマンは(どんなに気をつける人でも)やはり「良い画を」という思いが先に立ち無理をするものです。そこで私たちは1時間きっかりの水面休息後、水中撮影班より先に潜水を開始しました。そうすることによって、お互いが水中で気を使うこともなかろうと。だけどその願いもむなしく、私たちは
マンタよりも彼らの動きを全面的に水中で観察することになってしまったのです。
次に紹介する写真はその数コマです。私とお客さんは(撮影班にマンタと最接近できる位置を譲って)マンタが旋回するクリーニングステーションを横から眺められる水深の浅い所にいました。被写体まで距離がありすぎ私のカメラ(もちろん腕も)の限界もあって、写真はかなりお恥ずかしい出来です。
上の写真の赤い線より右側がクリーニングステーションでダイバー侵入禁止区域です。マンタはそこに住んでいる小さなサカナを体に乗せようとして進入してきています。小さなサカナがマンタの体のまわりにうごめいています。カメラマンは水深15mをダッシュで移動しています。モデル(タレントの顔や名前に疎い私には誰だかわかりません)とガイドの位置はここではOKです。
水中をダッシュしたカメラマンは、マンタがクリーニングを受けながら旋回するサンゴの正面に張り付きました。マンタの行く手をさえぎっているので、これではマンタは自由に旋回できません。カメラマンはマンタと同じ水深8mの中層に浮いています。これもマンタにすれば脅威(あるいはウザッタイな~)です。
モデルとマンタの絡みを撮ろうとしてカメラマンは頻繁に動き回ります。マンタは敏感に動きを察知してイヤになって飛び上がっています。
そして遂にホントに嫌になって、行ってしまいました。それでもしつこく後姿を撮るカメラマン。カメラマンの後方の岩のように見えるサンゴと写真手前(下半分)のサンゴの群生がクリーニングステーションです。
動きが激しくて速く空気が少なくなったのか、あるいは満足な画(?)が撮れたからか、水中撮影班は先に潜り始めた私たちを残してさっさと浮上していきました。彼らがいなくなるとすぐ「あ~せいせいした」と言わんばかりに、マンタが帰ってきてクリーニングを受け始めたことは言うまでもありません。
多くのテレビ取材チームは3人+出演者で構成されて来ます。今回はそれが7人です(金があるんだなあ~)。メンバーは、番組プロデューサーと名乗る日本語べらべらのニュージーランド人男性(でもやってることはコーディネーターに見える)、ディレクターの日本人女性(友人の話では彼女も「出演」していた??)、もう一人の日本人女性(タレント?)と、4人のカメラマン&ADとおぼしき若い日本人男性で構成されていました。
たった1日でマンタとモデルの絡みを水中で撮ろうなんていう発想がまず非常識ですが、ちゃんとお金を払って潜りに来ている他のダイバーへの配慮がまったく見えない態度には、お客様ともども憤慨しました。2002年6月29日放送の「
旅サラダ」モルディブ編では、やはり1日でマンタの画が撮れなくて、現地日本人ガイドのムーサ・フルゥ(ニックネーム)さんの撮りおきのビデオを借用したそうです。
水中取材のやり方に憤慨・落胆したので、その後、他の取材の動きを調べてみました。そして調べれば調べるほど気が滅入る事実がボロボロ出てきました。またかよ~日本のテレビ屋!って感じ。
1)ヤップ州の法律無視
ヤップ州にはリサーチャーズ・ロー(Researcher's Law)というのがあって、州内で行われるいかなる取材活動、調査活動、採集活動は、ヤップ州の関係諸機関に届けて出て許可を受けなければなりません。この取材チームはこの手続きをしていませんでした。代わりにヤップ観光局を全面的に「利用」しています。上記法律には、ヤップ州政府機関が「招待」した者に限り、許可に伴い支払いが必要な許可料(Researcher's Fee)が免除されます。しかしこの取材チームは許可料免除どころか、「ヤップの宣伝をするために観光局に招待された」という触れ込みで、届出さえ怠っていました。法律に疎い観光局職員を「観光振興」という美辞麗句と
お小遣いで巻き込んだ節が濃厚です。純粋に「ヤップの宣伝」のために観光局に協力するのなら、限られた企業だけ番組で取り上げるのはフェアではありません。
(注)ミクロネシアは連邦制ですので、連邦と州の両方の法律に従う必要があります。連邦政府の許可を取っていても別にヤップ州政府の許可がいります。
2)不透明な金の使い方で現地感情をかきみだす
今回の取材チームは2つのホテルに泊まっていました。また水中取材にはヤップの大手のダイビングサービスを使っていました。これらのビジネスには「テレビに出て宣伝になるから」といって大幅なディスカウントあるいは無料という形で取材協力を求めています。それによってこれらのホテルやサービスの名前だけが番組やウエブサイトで紹介されるのです。企業にとっては良い宣伝になるでしょう。それ以外の陸上の取材は、全面的にヤップ観光局に依存しています。
どこの国や市町村でも「観光局」というのは半政府機関になっているところが多いです。ヤップの観光局もヤップ州政府から予算を受けて運営されています。今の日本でいうと独立行政法人のような感じです。こういう公共性の求められる機関では、当然いろいろな制約が設けられています。まず利潤をあげてはいけません。また民間から偏ったサービスの供与を受けてはいけませんし偏ったサービスの提供をしてはいけません。職員が職務を通して給料以外の収入(謝礼)を受けることも禁じられています。
しかし観光局というところは世界各国の有象無象から色々な依頼が舞い込んでくるところで、タチの悪い依頼をいくばくかの謝礼を握らせて「ヤップの観光のため」という大義名分でやらせるということを考える利用者もやってきます。そしてそれを防ぐ手立ては、ひとえに職員の資質と正義感によるしかない、という現状なのです。いまのヤップ観光局にも、正義感に燃えた良い職員もたくさんいるのですが、、、
今回ヤップ観光局が取材チームに提供したサービスで判明したものは:
●ヤップ州政府所有のボートを借り上げてヤップ観光局所有の伝統カヌーを撮影。
ヤップ州のボートは州で許可した公共の仕事に州政府職員が使います。ですから
無料です。民間の会社が政府所有のボートをビジネス活動に使うことはできません。また撮影したカヌーはヤップ観光局の所有で、それを動かす要員の謝礼は必要ですが、カヌーのレンタル代は取れません。
この撮影の翌日、取材チームを全面的にサポートしていたある観光局職員は、民間人の友人を乗せて政府のボートで遠くの漁場まで釣りに繰り出しました。友人のひとりが「誰がガソリン代払うのか」と聞いたところ、「テレビ取材の連中が払ってくれた。彼らのために魚を釣ってきてあげるんだ」と言ったそうです。ちなみに、その漁場まで往復するだけで100ドル近いガソリン代が飛びます。観光局会計に計上されているガソリン代は$40でした(
この取材のために観光局はガソリン代まで出しているのも驚き!)。これは私の想像ですが(でもよくあることなのです)、取材チームは(言われるままに)「ボートチャーター料」「カヌー操船料」をこの職員に支払っていると思うのです。ヤップ州政府も観光局もこのような収入は受け取れませんから、この金は完全にこの職員の
お小遣いになったのですね(笑)。
またこのカヌーの製作者で世界中のマスコミに「ナビゲーター」として名が売れてしまったおじいちゃんが、熱烈取材を受けていたようです。マンタもそうですが、こうして
特定の人だけをターゲットにして取材するのも、どうだかなあ、です。ヤップには伝統的なカヌー航海の流派は複数あって、伝統は秘伝の部分も多くあり、ひとりだけが脚光を浴びると、いろいろ困る事態も起こり、それがまた伝統を変えてしまうのです。
●ヤップ観光局のスタッフが
観光局の車を運転して自分の村の小学校に案内し取材。
ヤップでも子供の肖像権や映像の公開に気を使う親が増えています(日本のことを考えても当然のことです)。州の法律では、プライバシーや伝統にかかわるものをテレビ、映画、出版物など公開される映像として撮るには伝統リーダーシップ会議>各村の首長>本人(未成年の場合は保護者)という順で許可を取る必要があります。今回、どこまでこの手順が踏まれたか疑問です。
●別のヤップ観光局のスタッフが
観光局の車を運転して取材チームを各村に案内。この日は土曜日で週末出勤。これは本人の告白ですが、彼はこの労働で$40もらったそうです。とってもやる気のある正直な若者で、この「違法収入」に戸惑っていました。でも彼の上司の命令でやった仕事ですし上司はもっとガッポリ利益供与を受けている訳ですから拒否もできず「もらっちゃった」んだそうです。また、この日の取材で
出演する羽目になった別の友人は、「集会場の前でしゃべるだけで$100ももらっちゃったんだよ」と目を丸くしていました。ちゃんとしたヤップの人は
金だけで片をつけられるとプライドを傷つけられたように感じますので「やっぱ、スー(私のこと)の言うとおり、この人たち、変だね」とも言ってました。
基本的に自給自足が原則で、給与所得のある仕事についている人は成人の30%以下、賃金水準も低く、それでも誰も生活に困っていない(金がないと暮らせない日本より、ある意味よほど豊かです)という土地で、$100のキャッシュというのは、とんでもない大金です。もらった本人も、自分の村の集会場の前で村の説明をしただけで、自分だけこんな金をもらうのに釈然としないので「やはり変だよ」なのです。正常なプライドのあるヤップ人は、普通こういう人が多いです。
一方で「やっぱ世の中、金が一番だよ~」というような輩もヤップにはいます。そういう人たちから見ると、この取材チームに関係して「臨時収入」にありついている連中のことは「あいつらだけ旨い汁すって」となりますね、当然。小さな島ですので、どこの誰が誰とどうして何をどうした、という情報は隠せません。したがって取材チームの行状は簡単に島に知れ渡っています。今回不満だった人たちが次回にこういう機会を目にすると、我先に「同じ汁」を期待するようになるのです。そういう意味では、このような取材の仕方は、今後取材にくる同業者の首を絞めていることにもなるのです(特に良心的な取材をしようとする人ほど、予算は少ないですしね)。もちろんヤップの人たちの心をかき乱している罪はもっと大きいです。
さてさて、短い2日間の取材を終えた夜は、
観光局主催・取材チーム感謝パーティがレストランを借り切って執り行われました。もちろん上記の釣りの成果も料理に並んでいたそうです。
招待客は取材チームだけでなく、「どうしてこの人が?」というのも入れて50人以上もタダ飯、タダ酒にありついていました。お小遣いを「もらっちゃった組」としては、こういう形で「今回はもらえなかった組」の恨みを少し軽減したい、というのもあるのかもしれません(笑)。取材チームの顔がばっちり写っているパーティーの写真も入手しましたが、ここでの公表は控えます。観光局長代理の話では、料理代は観光局持ち、ビール代は取材チーム持ちだったそうです。「観光局は飲み物代まで払う予算がないから、取材チームに飲み物代は払ってくれと頼んだんだよ」とのこと。ということは、レセプション開催も取材陣が要求したのだろーか???ヤップ州知事も招待されていました。
最後に
もうひとつの大きな問題を述べておきます。
日本国内であれば、テレビの取材を受け入れるか拒否するかは、ある程度個人の選択の問題に帰することができます。取材を受ける本人が情報を収集し判断する機会が(本人がその気になれば)ほぼ整っていると考えられるからです。しかし、ヤップのような外国のマイナーな地域では、日本のテレビが取材に来ても、取材される側には
どういう番組で、どのように自分たちの島や姿が放映されて、どのような影響が自分たちに帰ってくるか、判断の仕様がないのです。インターネットで情報を検索しても、日本語では読めません。「テレビで紹介するとヤップの宣伝になる」という殺し文句で、現地の観光局も州内のお偉方も催眠術にかかったようにイチコロです。それに付随して
お小遣いまでもらえるとなると、もうみんなはしゃいで手伝います。そういう脅威から州民と文化を守るために、ヤップ州には
リサーチャーズ・ロー(Researcher's Law)という法律があるのですが、それを執行する立場の人間が、このような「餌」に浮かれているのでは、もうどうしようもありません。だから、調べれば調べるほど、私の気は重くなるのです>>>またかよ、日本のテレビ屋さん!
それに、この番組を見て画のとおりにマンタが見られることを期待して来られる方が増えるのも困ります。それでなくともマンタは既にイラついているのに。ヤップのダイビング業界はどんどん自分の首を絞めていっているようです。とほほ、、、
番組放映は12月中か遅くとも1月上旬でしょう。「朝だ!生です
旅サラダ」でヤップをご覧になることがありましたら、ぜひここで書いた記事を思い出してください。このサラダのレシピは単純ではないのです。
その後の顛末
「朝だ!生です旅サラダ」の正しい食べ方・ヤップ編&ポンペイ編
ヤップの旅の情報はこちらでどうぞ。
http://www.naturesway.fm/index2.html