どお?ボクの格子縞の制服、なかなかイケてるでしょ?
と自慢げなお顔の、ミクロネシア固有種のギンポ、コミカル・ブレニーくん。いつも忙しそうにちょこまかサンゴの浅瀬を走りまわっている。
いやいや、いま制服を語るなら...やっぱり↓この人たち↓を無視できないでしょ?:
ところで制服といえば...ずーっと長い間、不思議だったことが、ようやくわかってきた。
下の写真はヤップ公学校(日本統治時代、島民子弟を教育していた学校)の卒業記念撮影だが、前列に整列した先生たちが、左端の袴姿の女先生と、右端の島民の助訓(アシスタント)以外の4人は、みんなサーベルを持って写っている!どうして学校の先生がサーベルを?と思っていたら、
当時のヤップで子供時代を過ごした方々から、最近その疑問への答をいただけた
(個人収蔵の写真なのでお顔は伏せました)。
「南洋群島」と呼ばれていたミクロネシアの公学校や小学校(日本人の子弟が通った学校)に先生として赴任していた人たちは、南洋庁に判任官(明治憲法下の下級官吏の等級)として採用されており、礼服にサーベル佩用(はいよう)と決まっていたのだそうだ(南洋群島在勤文官礼服代用服制-大正15年勅令第311号)。
...サーベルは実戦的な武器としてよりも国家権力・権威の象徴という意味合いが強かった(Wiki)...
南洋庁に勤務すると外地(現地)勤務手当てもつき、日本の植民地経営の担い手として給料ほか待遇も良かったらしい。彼らがヤップで住んでいた官舎もたいへんに立派なものだった。良い仕事をした人もたくさんおられたが、階級差への異常なこだわりと変なプライドにとりつかれた勘違いなヒト(+家族)も多かったらしい。そんな気風、今の「官僚」サン、とくに在外公館吏員サンもかなり引きずっておられませんか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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