
大気中の放射性物質を観測する包括的核実験禁止条約(CTBT)機構準備委員会(本部ウィーン)は一昨日、福島第1原発から放出された放射性物質をオーストラリアやフィジーなど南半球で観測したと発表した(北半球全体に広がったのは3月25日ころ)。もう地球上どこにも、誰にも逃げ場はない。地球上の全生物は一蓮托生!
さて日本の総メディアあげてのプロパガンダが功を奏してか、いまだに放射線の
内部被曝について甘く考えている人が多いけれど、現在も膨大な量の放射性物質を噴出しながら出口の見えてない福島第一原発、今のところその建物を目視できる範囲にいない限り外部被曝による障害の心配はないけれど、もっとやっかいな
内部被曝の危険は、いまや全地球的に広がった。というのは
内部被曝による障害は、放射線源からの距離にも、取り入れた核種(放射性物質)の量にも関係なく、いつでも誰にでも起きえる
確率的なものなのだから
(この意味がわからないヒトは自分の頭でよく考てみましょうネ)。
以下のYouTube映像で、人体内に入った核種が放射線を発して近隣の細胞を侵す様子を見ることができる。2年前にNHKニュースで全国に放映されたものらしい:
ああ、それなのに...
この期に及んでもなお、
ただちに危険はないの大合唱が巷に飛び交い、真実を伝える情報は巧妙にかく乱され、多くの人が出口の見えない不安におののいている。どんな危険にもほんとうは出口(=起きてしまった事実は変えられないのだから、事態をこれより悪くしないために、それぞれが前向きになること)があるのに。
こうして実際の言葉やブログで放射線の危険性を伝えようとすると、
「そんなこと自分らは十分わかってるんだから、煽るような言葉は聞きたくない、放っておいてくれ!」という反応をしてくる人が、かなりいる。でもね、
わかってるんなら、なにかしなきゃ!
自分の言葉でまわりに真実を伝えなきゃ!
起きえる危険とその対策を伝えようすることを、
煽り(あおり)だと忌避する風潮を考えるに、つまり彼ら自身が不安であり、現実を直視することを恐れ逃げているんじゃないかと(ふしぎと30代からそれ以下の男性に多い気がする)。でもそういう態度じゃ、まったく状況は良くならないばかりか、事態をより悪化させる。いい加減に目覚めよ、気づけよ、さもなくば、
君のせいで世界は滅ぶ。
不都合な現実から目をそらし、耳をふさぎ、口を閉じるものは、その不都合を助長する共犯者である!
ナチスの収容所に入れられたルター派の牧師、
Martin Niemöllerさんが、戦後に自分の過去をふり返って残した言葉を噛みしめてみよう:
最初に彼ら(ナチス)が共産主義者を捕まえだしたとき、
わたしは共産主義者ではなかったので、なにも言わなかった。
次に彼らは労働組合員を弾圧してきたが、
わたしは労働組合員ではなかったので、なにも言わなかった。
そして彼らはユダヤ人の迫害を始めたが、
わたしはユダヤ人ではなかったので、なにも言わなかった。
ついに彼らがわたしを捕まえにきたとき、
わたしを助けてくれるものは、もう誰もいなかった。
また
1997年に殺された伊丹十三さんのお父さんで、やはり映画監督だった
伊丹万作さんが、太平洋戦争後すぐに発表した
戦争責任者の問題という文章も、怖いほど今を言い当てている:
~前略~だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
~中略~
つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
~中略~
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。~後略~
(青空文庫:戦争責任者の問題、文中太字はsuyapによる)
もう原発の話は聞きたくない!煽るな!と逃げてばかりいるオニイサンたち、これからもズルズルと日本の原子力発電を続けさせると、次はあなたの近くのがドッカーンといくかもよ。いやその前に、まだ若い身空でガンになっちゃうかもね。そのときに騙されてたんだから...と悔やんでも、あとの祭り、ゴシューショーサマ♪♪
だからいま、
何かをしなきゃ。
(蛇足ながら...何をするかはじぶんで考えろって。脱原発をゴールに、100人いれば100とおりのやり方があって良し)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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