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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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<   2009年 10月 ( 14 )   > この月の画像一覧

カマスにワフーにマンタに...♪♪

a0043520_7262377.jpgマンタ心と秋の空?
10月はずーっとマンタ・ウォッチングは不調な日が続いていた。海況的には、北西のミル・チャネルにも北東のゴフヌー・チャネルも潜れるのに、どっちに行ってもマンタが出てこない...。

そんなわけで、10月の最後の日、お天気も海況もサイコーなコンディションになったので、ヤップ島の東を南下して南のポイントを2ヶ所潜り、西側を北上して上げ潮になったミル・チャネルで潜るというロング・デイ・トリップを計画した。またガソリン代が上がってきているけど、まっ、いいか(笑)。(右上写真は、ヤップ島の最南端。リーフの南端はここからまだ数キロ先です)

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まずヤップ・カバーンズにはいってみたら、透明度もサンゴの状態もバッチリなのに大きな魚影に乏しく、ガイドとしてはなんとなく(魚少なくてスイマセンという気持ちで)うつむきがちになって潜っていて、写真どころじゃなかった。あとでゲストに、オニカマスホワイト・チップブラック・チップカメもいたじゃん!楽しかったよと励まされる始末で、えっ、あんなもんで良かったんですかって聞くわたし。ガイドが、淋しい海でしたね、なんて思ってても口に出して言っちゃいけないんだって?じぶん、やっぱり商売下手ですぅ、とほほ。

それで2ダイブ目は気をとりなおしてマジック・キングダムに入り、定番のホソカマスとゲストの絡みを押さえてと(写真上)。

a0043520_728862.jpga0043520_7283724.jpg
それにしても、マジック・キングダムの水深10m以深は、現在オニヒトデが大繁殖中で、昼間からサンゴにとりついて、ぱくぱく食べていた(写真左上)。右上はすでに食べられて死んだサンゴ。
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それでも、浅場のサンゴは元気がよくて、どんどん増殖してるみたいだから(写真上)、マジック・キングダムのサンゴは、数年すればきっと回復するだろうと思う。このところ水温は28度から29度で高め安定。サンゴのことを考えるとき、水温よりも、ヤップ島のあちこちで道路や海を削っているので、そこから流れ出す土砂の影響のほうが心配だ。

さて南のポイント2ヶ所でダイビングを終了後、ボートを北に向けたとたん、ドライバーのJくんが、ワッと大声を上げてボートを止めた。
a0043520_7301767.jpg

その声の大きさから察して、かなりの大物だとは思っていたけれど、なななんと、1m以上のワフー(カマスサワラ)がかかっちゃった!

a0043520_7305862.jpg魚を上げるだけでも大仕事なのだけど、Jくんの注意深い操船でバラさずに上がってきた哀れなワフー、ゲストの荷物やダイビング器材がある船上でも大暴れして、ゲストもあっち行ったりこっち来たり、荷物をどけたり写真を撮ったりと、ひとしきり大騒ぎとなった。

その後も2匹目のドジョウを狙って、ゆっくりとトローリング・スピードで北上を続けてみたけれど、きっと神様はもうこれくらいにしとけと思し召したに違いなく、まったくヒットのないままにミル・チャネルに到着となった。

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し か し、やはり(神様も)ちゃ~んと考えてくださったようで、マンタ・リッジでは久々のマンタが出てきてくれて、ゲストも大喜びだった。そういうわけだから、今夜のビールはと~っても旨かったのだ(笑)。


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by suyap | 2009-10-31 23:08 | ヤップの自然・海

近況報告

a0043520_6553354.jpg気がついたら明日で10月も終わり。この時期には例年そういう日が多いのだが、貿易風の吹く前のほっとひと息という感じの穏やかな日和が続いている。

さて何日も放置してしまったこのブログにもかかわらず、毎日見に来てくださって恐縮です。なかなか更新できなかった理由は、物理的に(ペーパーワークのほうで)忙しいことと、先週のカヌー・フェスティバルの写真や考えることが多すぎてまとめるのに時間がかかっていること、それに、やはり日本を眺めてもわたしが書かなきゃって思いあがる危機感が緩和されていること(笑)なども関係あるだろう-というのは言い訳だね。

ご心配いただいている方もおられるだろうし、今何か書いておかなければ、このままズルズルお休みしそうだから、とりあえずこの駄文をアップします。この一週間の間におおっと思ったニュースは以下のとおり:

〇鳩山首相の所信表明演説
いや~、なかなか良いですねえ。失礼だけど、ポッポ首相がここまで言うとは期待してなかったです。海外にいてもちょっと誇らしい。あとは、この所信表明を着々と実行していただきたい。われわれはそれを見張ってましょ。

〇米国議会グアム代表が沖縄からの米軍移転に伴う諸工事の「環境影響評価書草稿」の閲覧期間を延長するよう米軍にリクエスト
辺野古の場合も防衛施設庁ができるだけ住民の目に晒さないように努力していたけれど、グアムでも同じようなことをやってるのだろうか。移転する米軍関係者だけで現在の人口の1割以上にのぼり、おまけに原子力艦船を入れるための港湾設備やミサイル防衛施設の建設など、ヤバそうな工事も目白押し、グアム住民がどれくらい頑張れるか...とともに、工事や軍関係で儲かることを期待している住民が多いのも事実。

<参考記事:Pacific Daily News, Oct. 29, 2009>
Guam’s officials are asking U.S. military leaders to extend the period for review of the draft environmental impact statement, which will detail the environmental consequences of the military buildup, as well as possible options to avoid or limit those risks. Guam Delegate Madeleine Z. Bordallo on Tuesday announced that she had sent a letter to U.S. Navy Secretary Ray Mabus on Oct. 20, requesting an extension of the comment period for the draft EIS, according to a press release issued from her office. An EIS details the possible environmental repercussions of a federal action, and it’s required by the 1969 National Environmental Policy Act. Once a draft EIS is released, the public has 45 days to review it before a final EIS is published as a Record of Decision in the Federal Register. In Guam’s case, the draft EIS will address environmental issues raised as a result of the shift of 8,000 Marines and their 9,000 dependents to the island. The document also will address the development of Apra Harbor to support a temporary nuclear-powered aircraft carrier group, and the development of an Army Air and Missile Defense Task Force with 600 military personnel and their dependents. The projected date for the draft’s release is Nov. 20, members of Gov. Felix Camacho’s Advisory Consulting Team said Tuesday. Bordallo was scheduled to meet with Mabus yesterday to discuss an extension for review and other matters in greater detail, the press release stated.



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by suyap | 2009-10-30 06:32 | ヤップな日々

初めてのカヌー・フェスティバル

a0043520_1837444.jpg10月24日は国連記念日だ。わたしが日本にいた頃は、メディアもわたし自身もほとんど気にせずに過ごしていたけれど、1986年に曲がりなりにもアメリカの信託統治領から独立して、1990年に国連に加盟するずーっと前から、この日は休日になっていた。

a0043520_183844100.jpgヤップ島では、この日に何かしらイベントのようなものをやる習慣が90年代後半頃まであった。元はといえば、国連記念日にやっていたイベントと3月にやっていたイベントが統合されて、現在では毎年3月1日に開催されているヤップデイとなったようだ。

ヤップ島の伝統文化を一同に集めて展示する催しがヤップデイとなってからは、国連記念日にはスポーツ大会のようなものが行われていた。が、それもいつの間にか立ち消えになり、ここ数年、国連記念日はただの休日になっていた。

a0043520_18392778.jpgそこでヤップのNPO、トラディッショナル・ナビゲーション・ソサエティ(TNS)が起動力となり、今年は振り替え休日となる国連記念日の前日(10月23日)から今日(24日)を挟んで明日まで、ヤップで初めてのカヌー・フェスティバルを開催することになった。ヤップ島とヤップ州の他の島々に伝わるカヌー航海術を保存・普及させ、島の観光誘致にも貢献しようという構想なのだが、まあ、ある文化がこのようにショー・ケースに入り始めると(または見世物になり始めると)その文化は似て非なるものになるわけで...というのは、さておいて、3日に及ぶカヌー・フェスティバルの会場のど真ん中にうちの桟橋が入れられており、身の回りもてんやわんやになってしまっっている。

a0043520_1840812.jpg7月頃から、TNSより寄付を募る文書がまわってきたのだけど、〇〇競争に△百ドル、〇〇展示に▽百ドルと、総額2万ドル以上に及ぶカンパ募集なので、かな~り引いていた。それだもんだから、うちのボートが(全期間ではないけれど)空いているのを確認してから、9月も後半になってお金じゃなくボートの提供を申し出た。

a0043520_18404921.jpgそれで昨日はどうなることやらと、ボートを送り出した後はG嬢とふたりで店の中にこもっていたのだけど、とくに初日は子供参加のレースも多かったせいか、子供や若い世代を中心にかなりの人(ほとんどローカル)が繰り出していた。左上の写真は、レースの合間に器用に小さなカヌー(ノノゥ、Nonoew)を操る子供たち。

a0043520_18413292.jpgすぐ近くのコミュニティーセンターで行われた開会式には行かなかったけれど、ヤップ州警察のパレード(行進)が通っていった。そういえば今年のヤップデイでもオマワリさんの行進やってたなあ。いったい誰の発案でこんなもんまでやり始めたのだろう?この日の行進のために、オマワリさんたちは何回かコミュニティ・センターに集まって練習していた。ヤップデイのときは腰につけた短銃だけだったけど、なんと今回は、みんな長身の銃を持っていた。これだけたくさんのライフル(?)銃がヤップ州警察にあったなんて驚きだけど、まさか、空気銃ってことはないよね?(笑)

a0043520_18421719.jpg大小あわせて10隻近いカヌーが、うちの桟橋と隣のダイビング・サービスの桟橋に集合したのだけど、なんと、朝から風もなくまったりとした良い日和となり、問題はカヌーは風がないと動けませんってことで...

急遽、翌日や翌々日のプログラムを前倒しで進めながら、風がないとどうしようもないものを後回しにして、なんとか1日が終わったようだ。

a0043520_2034410.jpg昼間の部は午後5時すぎには一応お開きになり、午後7時から同じくコミュニティーセンターで、決勝が終わったレースの優勝者発表と表彰式が行われた。わたしはその間に一度家に戻って水浴びし夕飯をかっ込んで、再出動。午後8時から女の踊りがあるという。

まず、この夜の部の発想がわたにしは全く理解ができないのだけれど、そのことはいずれまた書くつもりだ。この踊り手たちは、今年のヤップデイにも同じ踊りを出していた、ンガリィ村の女たち

a0043520_2042955.jpg珍しい踊りが復活したときには大きなコミュニティ・センターが満杯以上になったこともあるけれど、この日の人手はまばらだった。

本日のカヌー・フェスティバル第2日目は、また明日に。



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by suyap | 2009-10-24 22:57 | ヤップの伝統文化

シット・アイランドふたたび(笑)

a0043520_2348218.jpgこの間の調査の続きで、ふたたびシット・アイランドの下水処理場の前で潜った。

ちょっと深いところで長く過ごしたので、ボートに上がる前、予備排水孔の近くでかなり留まっていた。ありがたいことに、前回より排水の量は少ないようだ。でも白っぽいのが見えるでしょ。

a0043520_2351661.jpg下水処理の担当者が、もう塩素は使ってない!と胸を張って言っていたのはほんとうだろう。直接排水にあたるところは白化していても、そのすぐそばまで生きたサンゴが覆っている。

出てくる排水の温度はまわりの海水と変わらず(28度)、おそらくサンゴにとって問題なのは、塩分濃度とかシルトなどの影響だろう。ひょんなきっかけでこんなところに潜るはめになったのだけど、排水処理について、わたしの関心は高まるばかりだ。飯山一郎さんのグルンパが中国の広州でも採用されるという話だけど、ヤップにも導入さればいいのになあ。

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で、その予備排水孔のすぐちかくには、↑こんなユビエダハマサンゴ場↑があって、とても楽しい停止時間が過ごせた。また、水深5m前後の砂泥底には、当然、たくさんのハゼどんがのんびり暮らしていた。

内湾系のいろんなハゼの中でも、とくに↓タカノハハゼCryptocentrus caeruleomaculatus)↓がたくさんいた。どの図鑑にも、日本では、「広島県、種子島、琉球列島に分布」と断ってあるので、沖縄以外の場所では珍しいのかな?だけど、どうして広島?
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そんなタカノハハゼにまじって、↓ひとりでおすまし顔↓の子がいた。ちょっと地味目だけど、オイランハゼ(Cryptocentrus leptocephalus)のバリエーションと考えていいのかしら?
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どのハゼも、浅い海の陽だまりの中で(しかも下水処理場排水孔のそばで!)、の~んびりとすごしていいるみたい。デカイ共生エビと仲良く並んだタカノハハゼ
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こっちもタカノハハゼだけど、共生しているエビが、白っぽく見える。両方ともトウゾクテッポウエビで間違いないだろうか?
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by suyap | 2009-10-22 21:08 | ヤップの自然・海

ロースト小アジ

a0043520_2391851.jpg久しぶりのヤップで頑張る日本製品のエントリー、今回は、大阪は堺市のマルエスのこれ→

数ヶ月前、ヤップの某Y店にドドーンと初お目見えしたとき、ちょっとだけ食指が動いたものの、2ドル前後の値段に引いてしまって、結局買ったことはなかった。それがついに賞味期限切れを迎えて、なんと2~3割引きの$1.50、セール価格だって!

こんなの見ると、ついつい買ってしまうんですよねえ、わたしって(笑)。でもまあ、ほとんど好奇心とブログねたで買ったようなものだけど。

a0043520_20355815.jpga0043520_20362465.jpg某Y店の律儀な賞味期限切れへの対応には頭が下がります^^ もっとも、こっちでは漢字を読めないから、みんなExpiredだと思っているみたいだけど。

ところで最近の日本食品には、必ず輸出商社のラベルがついている。右側の表示の真上に、左側の英語のがぺッタンと貼ってあった。

a0043520_23113661.jpga0043520_2312111.jpg
輸出元は太平洋地域をカバーする商社の老舗、NBK(南洋貿易会社)さん。でも、このラベルは、工場出荷のときに、オバチャンたちの手作業でペッタン、ペッタンやってたんじゃないかって気がするなあ。
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それで、気になる中身はこんな感じ。ほんとうに「小アジ」で、全長(首からシッポの先まで)6センチ前後の干物が10枚ほど、小さなプラ・トレイに乗っかっていた。

お味は、甘辛味のフツーの日本の干物なのだけど、ヤップではサカナを甘く調味する習慣がないから、一般的な日本人の感覚にたとえれば、ご飯に砂糖醤油をまぶして食べる感じといえばわかっていただけるだろうか、まあ、ヤップ人にとってはそんな驚きの味なので、大量に売れ残るのは仕方ないかも。なので、この製品はヤップで頑張ってみたけれど、ちょっと残念でしたの日本製品というところかな。

この商品を売っていたのは某Y店だけで、わたしの見た限り、他では見かけなかった。外国の商社と取引のあるヤップの大手小売店の仕入れセンスは、それぞれビミョーに違う。そこで、某Y店に限らず、ときどきなんでヤップにこんなものが?というものを発見すると、つい売り手(商社セールス員)と買い手(仕入れ担当者)のやり取りなどを想像して、買い物中にひとりニンマリしたりしているわけだ。


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by suyap | 2009-10-21 09:06 | ヤップで頑張る日本製品

カメさん頑張れ

a0043520_081879.jpgここんとこのダイビングで不調なマンタさんの代わりに、ナマコヘブンなどのポイントでカメさんが頑張ってくれている。そのカメさんのなかでも、タイマイさんはとてもノンビリ屋で、見てるほうが心配になっちゃうけど、日本には今、とてもホットなカメさんがいるみたい。

それで、いつものことで話がポンと飛ぶわけだけど、いつも元気の素をもらうために読みにいく飯山一郎さんちでは、どんどん進化するカメさん=亀井静香内閣府特命担当大臣にすごいエールを送ってる。

a0043520_092838.jpg「アメリカの言うとおりにはならない!」
と,亀井静香は金融庁の大臣室で断言した.
これは独立宣言という重大な意味をもつ.


とか、

命を棄てた男に,もはや恐いものはない.これ以上,失うべき何物もない.
こうして,亀井は退路をすべて断ち,いとも簡単に聖域に踏み込んで,言った.
「特別会計に切り込めば20兆や30兆位すぐ出てくる!」
と,従来なら暗殺必至の暗黒街に突入してしまったのである.また…,
「今の特別会計は役人が抱え込んで,彼らの小遣いになっている」
と,それを言っちゃお仕舞い(失脚)の言葉も放ってしまった.


とか、

人間,ハラをくくって鍛錬すれば,“神“にも,“仏(ほとけ)”にも,“鬼”にもなれる.
たとえば…,
亀井静香がそうだ.亀井は,3日見ぬ間に,3日前の3倍の権力を手中にしている.
ともかく,いま…,
亀井静香を刮目して見つづけよ! 亀井静香は,間違いなく “鬼神” になる!


とか書いてあると、なんかこう、ワクワクしてくるではないか^^

おまけにカメさんはチェ・ゲバラを尊敬し、事務所にポスターまで貼ってあって、それを見た元駐日アメリカ大使が目を剥いちゃったとかいう「伝説」を聞くと、この人ほんとうに自民党にいた人なのって?(笑)

それはともかく、これくらいの有象無象を清濁併せ呑めるくらいの器量の人間が鬼神にならないと、100年以上にわたって続いた体制を大きく変えることはできないのかもしれない。小沢イチロウさんといい、カメさんといい、ちょっと年食ってるけど、平成の坂本竜馬か中岡慎太郎か!?なんてね。いや(あくまで想像だけど)グラバーにも薩長にも煙たがれるようになったあの2人ってことで...でも、ホントはこんな風に戯画化して傍観なんかしてないで、平成の近江屋事件がおきないように、われわれはしっかり見張っていなきゃいけない、今の動乱をリアルに生きてる者として。やっぱり、明治維新をちゃんと洗いなおすところから始めないと、ニホンにほんとうの革命はないと思う。

飯山一郎さんの記事からたどって、今まで見たこともなかった金融庁HPの記者会見サイトへ、カメさんの発言を確認するためいってみた:

http://www.fsa.go.jp/common/conference/2009b.html

10月から同じ日に(1)と(2)があるのは、(2)は雑誌・フリー等の記者のためにカメちゃんが時間をとっているもので、当然こっちのほうが、いろんなことしゃべってておもしろい。それに金融庁もちでコーヒーまで出るらしい(笑)。これからも、ときどきチェックしてみよう。

それにしても、こういう革命的政治刷新が進められようとしているなかで、元首相が「声優」デビューしたり、ダブヤが日本シリーズの始球式に来るってのも、すごくヤな感じだ。夜明けはまだ遠い。安心はできませぬぞ、みなの衆!

今日の喜怒哀楽:ダブヤ・ブッシュが日本シリーズの始球式?
http://kidoiraq.blog.shinobi.jp/Entry/342/



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by suyap | 2009-10-19 20:17 | ヤップでつらつら政治など

判決明暗&終わりから見る

a0043520_1432963.jpg暇そうな10月になったらアレもしよう、コレもしようと思っていたのに、いざ時間があるとなると、結局カタチあることは何もできず、時間だけ経って自己嫌悪するという、子供のころからの夏休み症候群に陥っている。だから、いつも穴に篭っているシャコちゃんを見ると、妙に親近感を覚えるのだね。

で、ブログの更新もロクにせずに何をしているかというと、ハード(紙)からデジタル(ネット)まで、手当たり次第、いきあたりバッタリの活字拾い。きのうなんか、G嬢が図書館から借りてきたペーパーバックの推理小説が止められなくなって、結局夜10時までかかって読了してる始末...

だから、なかなかシャープな頭とは言い難い状態で、ほんの偶然かもしれないけれど、無意識のうちに読み物の方向性が重なっていることに気づいて、われながら驚いたりしている。

a0043520_14331629.jpgまず、うれしいニュースとしては、10月15日、福岡高裁那覇支部が出した「泡瀬干潟裁判控訴審」で、一審判決を支持し、沖縄県・沖縄市の控訴を棄却し、公金支出の差し止めを命じる判決が出たというものがあった。

泡瀬干潟を守る連絡会Blog:勝訴!泡瀬干潟裁判
http://saveawasehigata.ti-da.net/e2591071.html

現地ではそれでもまだサンゴの生き埋めが続いているようなので、これからも長い道のりがあるのだろうけど、島=地域の自然環境を保全すること、すなわち、生きとし生けるものた共生していくこと、というスタンスが再認識される流れの第一歩となることを願う。

この泡瀬干潟の埋め立て反対運動には、いわゆる「革新」系の中も賛否両論あり、地元は揺れているという。辺野古のように軍事基地反対!というなら、もっとまとまりやすいのだろうが、サンゴやハゼを守れでは、まだまだニンゲン中心の考え方の世の中には浸透しにくい。でも問題のルーツ(あるいは構造)は、基地建設とまったく同じところにあるのだけれどねえ。

もう一方の悲しい判決は、反戦な家づくりさんの記事から教えていただいた。

反戦な家づくり:最悪の「君が代」逆転判決
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-783.html

ほんとうに、何が「個々の教諭が信念のみに従っていては学校教育が成り立たない」だよ(怒怒怒)。明月さんのおっしゃるとおり、これからは、学校現場に一切、「信念」という標語は掲げないでいていただきたい。そして教育目標として、「権力に迎合する適応力の養成」とでも上げたらどうか(怒怒怒)。

a0043520_14344832.jpgさらにこの記事にリンクしてあった

暗川
http://lumokurago.exblog.jp/

というブログに出会い、ワ~っと長い時間かけて読ませていただいた。なんと説明したらいいか言葉が思いつかないのだが、とても懐かしい人に出会ったようで、このブログからなかなか立ち去りがたかった。そして、とりあえず目の前にこなさなければならない事柄がないのを良いことに、グダグダと時を過ごしている最近のわたしが恥ずかしくなったんだけど...

このブログ「暗川」の管理人である渡辺容子さんは、インターネット新聞JANJANの記者としても活躍されておられる。なかでもがんと闘わない生き方シリーズ、とくに慶応大学病院放射線科の近藤誠医師との対話は圧巻である:

がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)
http://www.news.janjan.jp/living/0907/0907287883/1.php

がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下)
http://www.news.janjan.jp/living/0908/0907287885/1.php

こんなにも率直で正直な医師が日本にもおられたか、と感動を覚えた。

とても身近だった人間がふたりもガンという病を患い、目の前であっという間に旅立ってしまったという経験がわたしにもある。そばで見ていた者からすると、それらはいずれもガンという病気による死というより、過剰医療死=医療事故死に近いものに見えた。ひとりは放射線で、もうひとりは化学療法で。どんなに愛していても病気を代わってあげることはできないし、代わりに死ぬこともできない。身近なものが死に直面する姿を見ているほうも、それぞれの思いで苦しむけれど、あとで落ち着いて振り返ると、本人もまわりの者も、不思議な言い方だけど、あのとき輝やいていた。

ブログ「暗川」の渡辺さんの記事を読みながら、なんか同じようなことを、つい最近、どこか読んだり考えたりしたぞ-という思いがずーっとあったが、パソコンから離れてキッチンに行ったとき、それは、最近読み返したばかりの、青木新門さんの納棺夫日記であったことを思い出した。

「暗川」さん納棺夫日記が同じことをいっているというわけではない。ただ、生を見る視点が同じ立ち居地にあるので、わたしには、たいへんすっきりと心地よいのだ。まだ光にあえない衆生でも、光のことを思うのは気持ち良い。

どんな生物もいずれは死ぬ、そんな当たり前のことに正面から向き合わないで生きることが世の主流になったときから、大事なものが見えなくなったような気がする。

大切な人たちとの別れのときも、わたし自身がそれを受け入れられなくてちゃんと見ようとしていなかったけれど、そのときが近づきつづあったころ、ほんとうに美しく輝いていたし、わたしはそれを「知って」いた。しかしながら、まだこの世の頭陀袋(身体)を引きずっているものとしては、いまだに彼らの終わり方について無念さが残る。せめて、もっと自分らの意思で選択できるほど、十分な情報と機会に接してもらいたかったと。そしてそれ以上に、わたし自身がもっと光を受け入れ感じられたら相手も楽だっただろうなと。


ガンに限らず、インフルエンザにしても、その他のどんな病気にしても、アレキシス・カレルではないけれど、「人間-この未知なるもの」という視野で見ることも大切だと思う。「病は治るけれど、病は治せない」とは、先の書を初めて日本語に翻訳をした桜沢如一氏の名言だ。これをわたしなりに解釈すると、「気=免疫システム」のかげりで病を起こしたものは、本人の自覚と努力で回復あるいは改善または死も範疇にいれた克服が可能であるが、病を自分のこととして受け入れられず、「治してもらう」という他力本願な態度ではどうしようもない。なぜなら人=存在そのものが病んでいるのだから...とでもいうことだろうか。

そういうことを、ハッキリ患者に言える医師は、良い医者だと思う。

(追記)
これも書こうと思って忘れていたことに、上記のJANJAN記事を読んで、やっぱりがん検診なんてしなくて良いんだってホッとしたこと(笑)。ヤップみたいなとこでは検診しようがないのだけど、日本の健康保険に入ってる人はみんな無料で成人検診受けられるのになんて思うとやはり気になってたから。これで年1回自分で決めて選んでやってる検診でも、自信をもって不要な検査を省けるぞ^^



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by suyap | 2009-10-18 00:25 | ヤップな日々

賞味期限切れの捨て場

ブログの更新がのんびりなりがちなのはわたしだけかと思っていたら、ここにリンクさせていただいているブログの中にも、なんとなくのんびり更新モードに入っておられるところが多いようだ。思いおこせば、このブログは2005年の今月が誕生日だった。この2005年というのは、ブログを始めた人がなぜだかとても多い年だ。それらがいま、また一緒に「ホッ」とモードに入ってるというのもおもしろい。世界情勢はこれからもっと激しく変わっていく気配で、そんなホッとしている場合じゃないんだけど...。このような全く関係ない人たちや遠く離れている人たちが、無意識のうちに、同じ時期に同じようなことをする-こういうシンクロにシティの意味を、ちょっと考えちゃったりしているマス。

a0043520_1434221.jpgそれでもって、きょうも緩~く、ヤップで売られているカップ麺のお話をば...

←は先月末のコンテナ船で到着した「ヤップに初めてお目見え」商品のひとつで、これがドドーッと商店に並んだとき、思わず(笑)衝動買いしてしまった。1コ$1.95ナリという値段が、安いのか高いのかさえ見当もつかない。こんなカップ麺など身体に入れるのは毒だとわかっているのに、40%の旺盛な好奇心と50%の食い気と10%の知性で出来上がっているわたしとしては、「ガーリックと黒胡椒の香り」の文字は知性を黙らせるに十分な殺し文句だった。

a0043520_14344434.jpgそれでも、一応、レジに持っていく前にチェキしてみたわけだけど、案の定...
賞味期限09.09.10
それがわかっても買ってしまうこの好奇心+食い気(笑)。それでもまあ、賞味期限を見るまでは「ガーリックと黒胡椒」が頭をチラチラよぎって「味は味は」と騒いでいた脳内は、期限切れを発見したあとは、好奇心とブログネタにするという下心のみに沈静化していった(笑)。

というわけで、やっぱりすぐには口に運ぶ気になれず、ぐずぐずと今まで放っておいたんだけど、きょう、ついに空腹に負けてお湯を注いでみた。思ったよりガーリックがたくさん入ってたけど、やっぱり古~いのは開けてすぐわかり...それなら食べなきゃ良いのだけど、食べ物を捨てるというのは、やっぱり罪悪感が...というより、やっぱり食い気かな(爆)。

実はカップ麺に限らず、こういう古い食品の入荷ってミクロネシアの島々では日常茶飯事なのだ。ツーリストの皆さん、お気をつけくださいませ!

一説では、日本から直ではなく、一度アジアのどっかの国(この辺ではフィリピンでしょう)に行ってから、ギリギリのところでミクロネシアにまわされるのだとか。日本のあちこちの販売ルートから、賞味期限が2~3ヶ月とかになった商品を回収してきて、さっさと輸出にまわす商売人がいるんだろうなあ...

今回のように賞味期限切れまで行かなくとも、また日本に限らず韓国からも他の東南アジア諸国からも、入荷の時点でギリギリのものが、フツーの顔して入ってくる。

a0043520_14351828.jpg←こっちは、甘くなくてサクサクしている、わたしのお気に入りフィリピン製クラッカー。1箱5ドルちょっとするけど、かなりの量が入ってるし、箱はしっかり密閉できるので開封後も湿気ず、箱もあとで有効利用できるし、非常食にもなるし、これが1箱家にあるとなかなか重宝なのだが...

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えっ、フィリピン市場で限定販売?なんじゃこれ?フィリピン限定販売品がどうしてミクロネシアの島で買えるの?という不思議な表示はさておいて、

a0043520_14381093.jpgこの前の船で来たばっかりのものを買っても、やっぱりギリギリ(今回は残り3ヶ月)なんですねえ賞味期限...(ため息)。

こんな商品はふつう少量で輸入したりしないので、あとから買った人はもっとギリギリになってるだろう。容器はきっちりとした密閉タイプなので、工場出荷後の賞味期限が1年未満てこともないだろうから、やはり工場出荷直後に輸出にまわされたものではなさそうだ。

その気になれば地産の食べ物が十分に調達できる島に住むわたしたちは、外から来る食品には古いものが多いことを前提に買い物をして、そういうものを買って食べるのはあくまでも「気分転換」程度とし、それをメインに生活しないことにすれば良いわけだけど、そういう情報を持たずに、外から来るものはみな良いものだ、それらが安ければ、簡単であれば、なお良いとばかりに、店から買ったもの中心に生きている層が、ヤップでも確実に増えているところが、問題なのだなあ。


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by suyap | 2009-10-16 11:37 | ヤップな日々

やっぱりアレは美味しいのか(爆

a0043520_20132830.jpgわたしは陸上にいるより水の中にいるほうが幸せなニンゲンだ。そして選ぶことができるなら、淡水より海水を好む。どんなに透明度が低くても、海の中は生物にあふれているから、彼らの生命力を感じてわたしも元気になれるような気がするからね。

はてさて、そんな前フリできょうのブログを始めた理由は...? 左上の写真は、コロニアにある下水処理場。ここは、戦後アメリカの時代になって埋め立てられるまで陸から離れた小島だったので、1970年代後半に下水処理場ができてからは、通称シット・アイランドという気の毒な名前で呼ばれるようになった。で、そこの下水処理プラントから海中に敷設されている配水管の様子を、潜って見てきてほしいだと...(笑)。

a0043520_20141127.jpg現在ここを管理運営しているヤップ州公共サービス公社(YSPSC)は、近々下水処理プラントを増設するので、廃水処理能力があるかどうか確かめる必要があるのという。そこでマジメな担当者のFさんが過去の資料を調べたところ、80年代初め以降、水中の様子を調査した記録がないのだと。ただひとつ見つかったのは、6~7年前の水中調査への支払い記録、でもそのレポートがまったく見つからないという。それだもんだから、暇そうでお調子者のsuyapに今度は潜らせてみるべえと、Fさんは気楽に考えたらしい。もちろん公社だから各社競合入札のはずだけど、他に入札したとこあるのか、わたしが乗せられただけちゃうか(涙)。

いざ当日になってみると、一緒に潜ることになっていたEPA(環境局)のお兄さんが待てど暮らせど現れず、あげくに病欠なんだと(これもホントか?)。でも、ボートも器材も用意しちゃったし、幸い透明度は悪くなさそうだし、翌週まで待つと小潮まわりで濁ってくるしということで、わたし一人で、ちょっとだけでも潜って様子を来いと。潜ってる間はプラントの排水を止めてくれるんでしょ?と聞くわたしに、Fさんはニヤニヤしてビンロウジュを噛んでるだけ。

a0043520_20145050.jpgそれでまあ、一滴たりともこの水を口に浸入させまじと、レギュレーターを初心者のようにしっかり口にくわえて、コロニア近辺にお住まいの皆さまのナニの成れの果てが盛大に水中煙幕を上げている場所に、ズブズブズブと潜らせていただきやした。でもね、水中写真の腕が良いせいか、ここまで来ると、なかなかシュールな光景ではございますぬか(爆)。

a0043520_20153373.jpg実は予備排水孔のここはまだ序の口で、ほんとうのミッションはもっと深場。しかも深度わからな~い、距離わからな~い、コンディションわからな~いの三重苦。「いちおう30年前の図面では、水深35メートルくらいに二手に分かれた出水孔があるはず、距離は予備孔から200メートルくらいのはず」、オイオイ。「今回は下見の下見だかんね、しかも記録係りを欠いているから、わたしはとりあえずデジカメ写真を撮ってくるだけ、ホントに無傷で存在しているかどうかも怪しい出水孔まで行く約束はしないから」と言い置いて、ひとり荒涼たるシットの砂漠を目指したのでありました。

でも実は、この仕事を請け負うにあたっては、確固たる下心があったわけでして...(笑)

排水管は案の定、水深23mくらいで泥の中に突入し、いちおう周囲を30m近くまで見回ったあとでエアも時間ももったいないので、「周辺」調査に切り替えた。そう、わたしの下心は、この周辺調査にあったのだ!
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ガス抜きを兼ねながら、ぶらぶらとその「周辺」に行くと、は~い、60センチくらいに育ったイソマグロの群れが~♪ いまはムロアジの季節だから、ムロアジが大好物のイソマグロがたくさん入ってきているのかな?
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おお、おお、おお、今度はカスミアジの大群が湧いてきたあ~♪
実は、この「周辺」は、潮を当てたときのミル・チャネルはマンタ・リッジなみの魚影の濃さだってことは、知る人は知っている。マンタだって、しょっちゅう捕食行動で夢中になっている場所なのだ。でもねえ...どんなに魚影が濃くたって、マンタがくるくる旋回してたって...名前がシット・アイランド前じゃ、お客様に潜っていただくわけには...(いえ、あの、どーしても潜りたいと言われる方には、お断りはいたしませんけど^^)。
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でかいオニカマスが一匹、ボーッと浮いていた。これだけエサに囲まれていたら、もう捕食の努力もいらんだろうなあ。写真には撮り損ねたけれど、大人のニンゲン・サイズのメガネモチノウオ(ナポレオン)さえいた。
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そうして充実した「周辺」調査を終え、予備排水孔の近くに戻ってくると、はじめはあれほどナーバスになっていたあの臭いが、そんなに気にならなくなっていたから不思議だ。ニンゲンの適応力って素晴らしいデスネ。吹き上げる排水の近くで十分な安全停止を終えて水から上がると、Fさんはあの臭いに包まれたボートの上で、ビンロウジュの実を噛みながら平然と待っていた。

Fさん:おい、マンタ見たかい?オレたち、水面で2匹も見たぞ。

わたし:Fさん、下水処理に変な化学物質混ぜてないですよね?

Fさん:いや、もう塩素は入れてないから大丈夫だよ。

心配だったウエットスーツや器材に染みついた臭いはまったくなく、いつもどおりに器材を洗って、普通に水のシャワーを浴びただけで十分だった。夕方やってきたチョメに、きょうはシット・アイランドで潜ったんだよというとギョッとした顔付になって、心配そうにわたしを眺めていたのがおかしかったけど。

いま、提出する写真を整理しながら、今度はどういう作戦で排水孔をやっつけようかと考え続けている。今回のは、あくまで下見の下見だったわけで、次回は今回のデータを元に、もっと的を絞った調査ができるだろう。

あの臭い?もうそんなに気にならないけれど、飯山一郎さんグルンバを、ヤップでも導入できたら良いのになあ...


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by suyap | 2009-10-13 18:49 | ヤップの自然・海

ヤップの人ですか?

今回は、Tおばあさんから聞いたヤップ島の昔話。

今年89歳になるTおばあさん(ご本人は数えで90歳と言っている)だが、もう長いこと語ることもなかった話なので登場人物の名前も忘れたそうで、その上、ヤップの話を日本語でわたしに聞かせ、それをわたしが文章化しているのだから、ヤップらしい微妙なニュアンスが伝わりにくいかもしれない。だからこれは、Tおばあさん版ヤップ昔話のひとつのあらすじを、suyapの記録として日本語で書き取ったもの-という位置づけで読んでください。(記事の無断転載を固くお断りします)。

話の中に、陰膳なんて日本にもあった風習が出てきてびっくりするけど、だからといって、ヤップと日本はつながりがあると短絡的に決めつけることはできない。それぞれを独立した風俗・文化としてとらえるなかで、なぜこのような似通った風習があったのだろう?という疑問をまず持って、そこからさかのぼったほうが、双方の違いや類似点をよく見ることができるだろう。

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a0043520_22105516.jpgむかしむかし、ガギル(ヤップ島東部)のリケン村やワニヤン村の男たちが、カヌーでフィリピン(Maniileq)まで行って貝貨(Yaer)を取って来ようと相談していました。それを聞いたマアプのアミン村(ヤップ島北西部)の男が、自分もこのカヌーの旅にぜひ同行させて欲しいと頼みました。

a0043520_22125836.jpg旅の一員に加えてもらえることになったアミンの男は、たくさんのダル芋(ヤムイモの一種、Dael)を持ってカヌーに乗り込みました。航海がはじまると、ガギルの男たちの食べ物はすぐに尽きてしまいましたが、アミンの男が持ってきたダル芋は、まだたくさん残っておりました。それに、たいへん長持ちして味もかわりませんし、焼いてもすぐに火が通るので、長旅にはたいへん便利でした。アミンの男は、自分のダル芋を少しずつみんなで分けて食べていましたが、ガギルの男たちは、アミンの男のダル芋をもっともっと欲しいと思っていました。

食料がますます乏しくなってきたころ、ついに島影が見えました。どうやらフィリピンの一番東端にある島々のようです。浅瀬でカヌーを進めるためには竹ざおが必要だということになり、ガギルの男たちはアミンの男に、上陸して竹ざおを取って来てくれないかと頼みました。人の良いアミンの男は快く了承しました。

a0043520_22183160.jpgところが、アミンの男が竹を抱えて海岸に戻ってみると、カヌーははるか沖で帆を張って進んでいました。ガギルの男たちは、アミンの男を置き去りにしてしまったのです。そこは島が細く突き出した先端(M'uuth)のようなところで、周囲にまったく人影はありませんでした。それから男は、腹が減ればコプラ(ココヤシの完熟した実)を拾って食べ、渇けばココヤシの木に登って若い実を取って喉を潤し、夜は野豚や犬の襲来を逃れて木の上で寝て、延々と海岸を歩き続けました。

そうして3ヶ月が経ったころ、誰かが仕掛けた野豚獲りのワナ(Wup)を見つけて人里の近いことを喜ぶうちに、うっかり自分がそのワナにかかってしまいました。野豚用のワナですから、強く足に食いこんで逃れられません。血を流しながら長いことウンウンと苦しんでいると、ワナの仕掛け人がやってきました。

もちろんお互いの言葉は通じませんでしたが、親切な仕掛け人は、この男を自分の家に連れて帰り、丁寧に介抱してやりました。長い間の飢えと足の傷がだんだんと癒やしながら、ヤップから来た男は、少しずつこの地の言葉を覚えていきました。そうして、自分がこの地に置き去りにされたことや、最終目的地である貝貨の産地、キワンというところに行って仲間のカヌーを捜したいということをなんとか伝えると、まわりの人たちはたいへん同情して、助けてくれることになりました。

それにしてもキワンはそこからいくつもの島を隔てた遠いところにあったので、この島から隣の島へ、そこからまた隣の島へと、親戚縁者のネットワークを通して、島づたいにこの男を送り届けることになりました。

もちろん、それには長い時間がかかりました。ですから、目指すキワンにたどり着く頃には、このヤップの男もフィリピンの言葉を流暢に話すようになっていました。またフィリピンはすでにスペイン統治の時代でしたから、この男もまわりの人々と同じように、長いズボンとシャツという服装を身につけておりました。

a0043520_2220598.jpgキワンに着いてみると、この男を置き去りにしたガギルの男たちは、すでに船出したあとでした。思案にくれながら海岸を歩いていると、なつかしいヤップ式のカヌーに似た船を修理している男をがおりました。やがて何とはなしに話をするようになり、なんとはなしにカヌーの修理を手伝うようにもなりました。それでも、お互いの過去や出身地について話すことはまったくありませんでした。このカヌーを直している男も、フィリピンの言葉を流暢にしゃべり、洋装をしておりました。

a0043520_22212393.jpgある暑い日のこと、カヌー修理の作業を終えたあと、ふたりで一緒に水浴びに行こうということになりました。そして海岸でふたり同時にズボンを脱ぎ始めたところ、それぞれの足から見事なカツオ(Ngool))の刺青が現れたのです!(※) それを見たふたりの口から同時に出た言葉は:
Gabea u Waqab?
ガベ・ウ・ワアブ?
(あなたはヤップの人ですか?)
驚きのあとは懐かしいヤップの言葉で、お互いの身の上話になりました。この男はギルマン(ヤップ島南部地域)はタワイ村の出身で、もうずいぶん昔、ひとりでカヌーを操ってここまでやってきたのだそうです。この地の暮らしが気に入って過ごすうち、なんとなく帰りそびれて長い年月が経ってしまいました。そしてときどき、古くなって痛んだカヌーを修理しながら故郷を思い出していたのだそうです。(※写真の刺青のデザインはカツオではありません)

一方、アミンの男の身の上話を聞いたタワイの男は、ガギルの男たちにどうしようもなく腹がたってきました。そして、この哀れなアミンの男を、なんとしてでも年老いた両親の元に返してやらなければ、という気持がだんだん強くなり、このカヌーを直して、一緒にヤップに帰ろう!と言ったのです。

ヤップに帰るという目標ができたふたりは、カヌーの修理に精を出すかたわら、貝貨にする貝を採りに海に潜ったりと忙しく立ち働きました。ある日、タワイの男がたいへん大きな貝を海中から取ってきましたが、二枚貝のそれぞれを分け合うことにしました。ヤップに持ち帰ると、これらはたいへん価値のあるものとなるはずでした。

a0043520_22245138.jpgそうして、ある西風の吹く日、長い間お世話になったフィリピンの人たちに丁寧な別れを告げて、ついにふたりはカヌーの帆を上げました。風を受けた旅は順調で、数日後のまだ明るいうちにヤップ島の西側に到着することができました。それから日がとっぷり暮れるのを待って、ふたりはカヌーをミル・チャネルからリーフの内に進めました。

アミン村はミル・チャネルを入るとすぐなのですが、真っ暗なマングローブの際にカヌーをとめると、タワイ村の男はアミン村の男に、じぶんが家の様子を見て戻ってくるまでカヌーに隠れて待っているように言いました。それから、しんと寝静まった村の道をたどってアミン村の男の両親の家に近づくと、タワイ村の男は静かに家の中に話しかけました。あなたがたの息子さんが、いま帰ってきましたと。

それを聞いた母親は、最初、どこの誰がそんな悪い冗談を言うかと怒った声を上げましたが、じきに、父親とともに家の中から飛び出てきました。タワイ村の男の説明を聞いた父親は、息子が船出していった日からこの日まで、母親は一日も欠かさず息子のために食事を用意していたこと、そして、自分は息子が生まれた日から7年の間、一切魚を食べなかったこと(※)などを話したそうです。

Tおばあさんによると、「魚を食べない」というのは比喩であって、意味は「女にさわらない」ということなのだそうだ。むかしのヤップでは、子供が生まれて1年半とか、それくらいは夫婦でもヤラナイ(笑)習慣があったようだが、それを7年も続けるとは、長い禁欲生活をしたから、丈夫な息子に育つという意味もあったのかも?

その後カヌーに戻ったタワイ村の男は、アミン村の男を下ろすとカヌーを岸から離し、南のタワイ村に向けて船出して行きました。アミン村の男は両親と再会を果たし、大きな貝貨を父親に献上して長年の不在を詫びたあと、その日も母親が用意しておいた食事を頂きました。この男を置き去りにしてフィリピンから帰ってきたガギルの男たちから息子は死んだと告げられても、両親は、きっと帰ってくると信じて疑わなかったと言いました。

それからしばらく、男はひっそりと隠れて暮らしていましたが、だんだんとその姿が村人の目に止まるようになり、この男の生還は、やがて人々に知られるようになりました。この男を置き去りにしたガギルの男たちにもそれは伝わり、と同時に、彼らの酷い仕打ちも人々に知れわたったので、たいへん恥ずかしい思いをしておりましたとさ。

(後記)
ヤップの村々の関係やヤップ人のメンタリティがわからないと、このストーリーのツボを十分理解できないかもしれません。ま、それで良いのだと思いますけど。



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by suyap | 2009-10-11 08:11 | ヤップの民話