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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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きっこさん、「死刑廃止論を廃止しろ!」について再考をお願いします

a0043520_0215946.jpg8月29日のきっこのブログ「死刑廃止論を廃止しろ!」を読んだときには、きっこさんの表現を借りていえば、ビックルを一気飲み、ほんとうに驚いた。

きっこさんも書いているとおり、人のブログの内容をつべこべ言っても意味がないことは認めるけれど、100%じゃないけどかなりわたしと考え方が近いと思っていたきっこさんに死刑容認論を書かれちゃうと、やっぱり悲しくなってしまう。

彼女は以前から山口県光市の母子殺人事件の容疑者には極刑を主張していた。それに加えて今回は、イタリアの放火魔らや覚せい剤密輸の罪で中国で捕らわれ死刑が確定した日本のヤクザなども含めて、片っぱしから死刑にすべきという。イタリアの放火魔に火をつけられて放たれた可愛そうなウサギたちのことを思うといたたまれなくて飲みすぎちゃってたのかなとか、いまこんなこと書いてても富戸のイルカの件のように、後できっとフォローアップしてくれるだろうとか、いや待てよ、これはきっこさんがよく使う「方便」に違いない...etc.とか、 いろいろ考えをめぐらせてみたけど、それにしてもタイミングが悪すぎる... (記事は世界で孤立するニポンからイルカに乗ったアベシンゾーとなり、イルカはキューキュー、牛はモーモーと変遷した)

折りもおり、長勢甚遠前法務大臣が離任直前の8月23日、新たに3人の死刑を執行して、1年足らずの任期の間に10人の死刑を執行した(10人という切りのいい数字にしたかったのだという説もある)最悪の法務大臣として世界に名をとどろかせたばかりなのだ。
☆保坂展人のどこどこ日記:「長勢法相・11カ月で10人の死刑執行」に抗議する
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/
e/c2c113a5c90f7c2b1eb2ec06b2d84e5b
☆ダイイン:長勢執行は最後まで異常だった
http://blog.so-net.ne.jp/die-in/2007-08-23
きっこさんが取り上げていたオムライス社民党の福島みずほたんの、中国で死刑宣告された日本人受刑囚をなんとかせよという言い分は、確かに説得力に欠ける。いまだに死刑が存続している日本が中国の法制度をとやかく言うのは、やはり難しいだろう。それにこの受刑囚のやってたことがヤクザ絡み... それだけど、なぜこの時期に、まるで長勢前法務大臣の死刑執行を援護するかのようなタイミングで、こんな記事を書いちゃったのだろう...ホントに悲しいよ>きっこさん

どんなに小さなブログでも、いったん投稿してしまうと、ありとあらゆる考え方の人に読まれる可能性を覚悟しなければならない。だからといって世の大勢に迎合するような記事にする必要はないけどね。わたしもよく、多くの人からはまだ受け入れられにくいようなことを書いたりもするが、こう書いておけば、いつか、わかってくれる人には伝わるだろうという希望を込めて書いている。きっこさんのように1日にウン10万単位のアクセスをもつようになると、その影響力は甚大だ。彼女がよく使う方便も、自分の考え方への理解者の層を広げるという意味では大切だと思うが、今回の凶悪犯には死刑も当然というようなメッセージには、どうやっても方便では救えない、やりきれなさが残ってしまう。

わたしを含めて死刑制度に反対している人たちは、だいたい次のような理由で反対している。
① 裁判官とはいえ人間であり100%完璧な判断は不可能で、そういう「人間」が「人間」を極刑=死刑で裁くということの危険性(冤罪の危険性)

② 目には目を!の「制裁」的な刑で、ほんとうに被害者は救われるのか?まして殺しには殺しを!で加害者を殺してしまっては、今度は被害者(あるいは死刑にかかわった司法関係者)が、殺しの罪を負うことになる。たとえ社会的にそれが受け入れられたとしても、果たしてそれで断罪者の魂(心)は救われる(進化できる)のか?(倫理的な側面)

③ 権力を持ったものが都合の悪いものを「消す」道具に使われる。これは日本を含めて世界中で多く起きた例を挙げればきりがない(権力者に乱用される恐れ)
死刑制度に反対する根拠を、とてもわかりやすく述べているブログをご紹介します。まだ死刑制度を廃止するのはちょっとねーと思っている人は、ぜひ読んでみて!:
言ノ葉工房「死刑考」
http://hizjihizji.blog85.fc2.com/blog-entry-53.html
村野瀬玲奈の秘書課広報室「1981年9月17日、フランス国民議会、死刑廃止法案の審議における、法務大臣ロベール・バダンテールの演説全文訳」
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-250.html

民主主義の社会を本気で実現させようと思うなら、それを構成する「」ひとりひとりの心のレベルをも上げていかないと、人類はいつまでたっても劇場型民主主義=>衆愚政治=>独裁者の出現=>破滅という悪のスパイラルから抜け出せず、今の時点でそれが進行すると、最終的な地球の破滅も近いと感じる今日この頃なのだ。
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや (歎異抄 by 親鸞)
この言葉とその裏にある思想を、憎しみにまみれたとき、つらさのどん底にあるときこそ、よくかみ締めておきたいと思う(苦しみの渦中にそれは無理であっても、頭の片隅には残しておきたい)。
※全文は「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をやと。
投稿当初、後半部分だけうろ覚えで引用してました。おお恥ずかしい...


(追記)
上記の引用について、Mr.RadishさんからDMでコメントをいただいた。
親鸞も法然(彼も悪人正機説を示していますが、微妙な表現の差があることから、学者によって、悪人正機説は、親鸞が最初とする人、法然が最初とする人など、多少見解が分かれるようです)も、悪人が往生することは認めていますが、悪人が生存中に救われる、許されるべきである、或いは死刑をすべきではない、というような、死刑の是非については論じていません。あくまで、往生できるかどうかという、死後の分かれ道について述べているのです。死罪になった悪人でも、いや、死罪になった悪人で、もはや自力作善(自分の力で良い行いをする)の機会が失われているからこそ、他力本願、一心に念仏を唱えるのであって、刑の執行後、弥陀があわれみ、往生する、というものです。

ですから、「この言葉とその裏にある思想を、憎しみにまみれたとき、つらさのどん底にあるときこそ、よくかみ締めておきたいと思う(苦しみの渦中にそれは無理であっても、頭の片隅には残しておきたい)。」というコメントをつける引用としては、私は、そぐわないものを感じています。

貴女のコメントを読んで私は、キリスト者(といっても多種多様ですが)の許しの心の方が引用には適しているのではないかと感じました。
以前御紹介した書籍で、フィリピンで住民を虐殺した日本兵が戦後、フィリピンを訪れ、生存者に、それとなく自分が虐殺の実行行為者であることを打ち明け、それを聞いたフィリピン人が、キリスト者であることからその元日本兵を許す内容の回答をしている場面がありました。私はキリスト者ではないのですが、加害者が贖罪の気持ちをもち、被害者が加害者を許すことができるようになることは、加害者にも被害者にも、大きな救いとなると実感しています。
死後に往生するか否か、という点で悪人に触れているより、現世での許しを説くキリスト教(多様ですが)の教えの方が、貴女のコメントにぴったりくるのではないでしょうか?
以下はMr.Radishさんへわたしsuyapからのお返事です。
ご指摘のとおり、キリスト者の贖罪の気持ちは、わたしの死刑反対理由のうち②に相当するものをよく表していると思います。

実は親鸞の引用を思いついたとき、仏教の死生観やムズカシイ論議に入ると困るな、でもキリスト者でもないわたしがキリスト教系のものを引用するのはちょっとやだなと思いながら、つい親鸞に頼ってしまいました。私的には、仏教やキリスト教などの解釈を超えて死後の魂の進化などという夢想も入ったりしています(笑)。だから上記の引用はあまり適切ではないことも承知の上でそれを残しながら、Mr.Radishのご意見も掲載させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?

わたしたちの、社会や政治を良くするための言動、運動、行動は、〇〇反対!とは言っていても、それは相手の生存権まで否定するものではないこと、その根底には感情的な憎悪ではなく、感情からもっと進化した意識レベルのにもとづいたものであること、そのような意識をみんなで持てるように助け合うことが、いつまでも続く平和を実現するには絶対不可欠だと思う。そしてそれは今、平良牧師をはじめとして辺野古で頑張ってるたくさんの人たちひとりひとりが、共に目指そうとしている理念だと確信している。

感情レベルでの好き嫌いや憎悪から生まれたパワーでは、いまの日本も地球も、絶対に良くならない。少しでも多くのヒトの意識レベルが向上できるかどうかが、これからの人類や地球の存続にかかわっていると思うのだ。

というわけで、きっこさん、「死刑廃止論を廃止しろ!」について再考をお願いします。


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by suyap | 2007-08-30 23:19 | 戦争はビジネス(怒)

鶏インフルエンザ?

a0043520_021730.jpg世界や日本の動きを見てると、なんだか最近いや~な雰囲気がただよっている感じを受けるのだけど、「4つの目で世の中を考えるのいんきょさん」のところから、ベンジャミン・フルフォードさんがすごいことを書いているのを知った。世界を操る「陰の政府」は、増大する地球の人口を「減らす」ために、この新型鶏インフルエンザ・ウィルスを空中散布などでばら撒いて、有色人種を「殺して」いく計画とのこと。ベンジャミン・フルフォード氏が書いたものを読んで、いつも歯がゆく思うのは、文章がオドロオドロシすぎて信憑性をそこねているよなあ-ということ。でも、内容については絶対に頭に入れておいたほうが良い。2001年の911以来、わたしはもう何が起きても不思議じゃない世界になってしまったと思っているから。
アメリカで新型生物兵器が完成しました
http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/
2007/08/post-20.html
ちなみに、上にリンクしたフルフォード氏が触れているHIV(エイズ)ウィルスについて検索すると、こんな発表が出てきた:
エイズ・エピデミック
http://www.livingroom.ne.jp/a/epidemic.htm
エイズの起源は生ポリオワクチン?:新刊書The river
http://www.asyura.com/sora/bd9/msg/45.html


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by suyap | 2007-08-29 23:18 | 戦争はビジネス(怒)

トラックバックピープルにリンクされたエキサイトブログが開けますか?

トラックバックピープル事務局にも問い合わせ中ですが、現在

http://tbp.jp/tbp_6610.html

にトラックバックされたエキサイト・ブログのリンクが、わたしのほうから全く開けなくなっています。それぞれのURL(トラックバックピープル経由のURLではなく)をコピペすると開きます。皆さんの方でも確認していただけますか?
by suyap | 2007-08-29 22:23 | 番外

[ダイビング]まったりとヤップ・カバーンズ

今夜は久しぶりに海ものを軽~く、と思って始めたら、いろいろやっかいなものを載せちゃったので、書くほうはそうもいかなくなってしまったけど...まずは、まったりとヤップカバーンズの海中へどうぞ!

a0043520_14353048.jpga0043520_14361197.jpgいま世界中で心配されているサンゴの白化、ヤップではなぜかハマサンゴ科で白くなりかけたのが目につく。左は大きなフカアナハマサンゴPorites lobata)の手前半分の色が抜けかけているもの。右はてっぺんの色が抜けている(たぶん)カメノコキクメイシFavites abdita

a0043520_14365759.jpga0043520_14514618.jpgとはいっても、浅場のミドリイシたち(Acroporidae)はみんな元気良く頑張っている。そんなサンゴのひさしの下を行くセグロチョウチョウウオChaetodon ephippium)(写真左)。右(上)はもう長い付き合いのイソギンチャクモエビPericlimenes brevicarpalis)。タマイタダキイソギンチャクの中に住む体長2センチくらいのエビだ。

a0043520_1438216.jpga0043520_14522431.jpgページに彩を添えるためにオレンジフィン・アネモネフィッシュAmphiprion chrysopterus 左)とハナビラクマノミAmphiprion perideraion)のお母さんたちにも登場してもらおう。カメラを向けると「またかよっ」て顔で睨まれたけど、ちゃんとポーズをとってくれた。ここにはよくダイバーが来るので、モデル慣れしているのかもしれない(笑)。



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by suyap | 2007-08-28 21:32 | ヤップの自然・海

ガルーフ(マングローブオオトカゲ)の話

a0043520_14293420.jpgパスウエイズ・ホテルに行くと、スタッフがマングローブオオトカゲVaranus indicus)のために大きなケージを作成中だった。ヤップ語でガルーフというこのオオトカゲは、すでに体長が80センチもあるけど、まだティーンエージャーってところみたい。1週間ほどまえに、ホテルのスタッフが尻尾に切り傷を負ったこのトカゲを捕まえてきて、それ以来、小さなオリに入れられ傷の手当てを受けていた。大きなケージが完成して引越しするまで見ていたのだけど、カメラを近づけると警戒して隅によってしまう。

a0043520_14301783.jpg以前も、ガルーフにまつわる民話のひとつを紹介したが、ヤップにはガルーフの話は他にもたくさんあるようだ。きょうは、また新たな話を2つ紹介しよう。

ガルーフガプルー
むかしむかし、ヤップのガルーフガプルー(Micronesian Starling Aplonis opacaムクドリの仲間で真っ黒な鳥-日本時代には日本人にパパイヤガラスと呼ばれた)は大の仲良しでした。

ある日、ガルーフガプルーに、自分の身体にきれいな模様を描いてくれないかと頼みました。そこでガプルーは、ガルーフの身体にとても繊細な模様を描き、周囲にとけこむ美しい色で染めていきました。

a0043520_14305699.jpg作業がすべて終わったとき、今度はガプルーガルーフに同じことを頼みました。するとガルーフは、「いいよ」と言ったとたん、側にあった真っ黒な墨壷を持ち上げて、いきなりガプルーの頭の上から注いでしまいました。ガプルーは、そのときから全身が真っ黒になってしまったのです。

それ以来、ガプルーガルーフは敵同士になりました。いまでも両者が出会うと、ガプルーガルーフをつっつくし、ガルーフガプルーに向かって威嚇するのは、そういうことがあったからなのです。
上の話のガルーフはなかなかズル賢い奴のように描かれているけれど、ヤップ語でガルーフといえば、トンマの代名詞。

ヤップで相手を罵倒するコトバとして代表的なものには、クス(犬)!ガルーフ!がある。クス!って言うと、「他人のものをくすねる最低の奴、人間以下の奴」というような意味で、たとえばワタシのオトコに色目を使ってるけしからんオンナに向かってはクス!と罵倒するのが正しい(笑)。一方、ガルーフ!ってのは、わたしはまだ使ったことがないが(ということはクス!は使った覚えがあり?)、「おまえってサイテー!こんなことしてバッカじゃないの!」みたいな意味らしく、なんかこう、ヤップ人としてはかなりプライドを傷つけられるらしい。でも言い放つほうとしては、相手を馬鹿にして笑うことができる状況...

それでお次は、ガルーフのトンマの証明のようなお話を。

ガルーフ木から落ちる
みなさんもよくご存知のとおり、ガルーフはニワトリの卵が大好物です。でも、草や枯れ木の上で卵を見つけて割って食べようとしても、中身のほとんどは草木の下へ漏れ落ちてしまい、チロチロとガルーフの舌先で舐め取れる量は限られてしまいます。そこでガルーフは、何か良い方法がないものか、と長い間考えていましたが、やっと名案を思いつきました。

それは、卵を丸呑みしてしまう-ということです!

でも、そのままではなかなか消化されないので、次にガルーフは高い木に登ります。卵でお腹がプクリと膨れたガルーフがエッチラオッチラ木に登る様子を想像してみてください。そしてその次は、

木のてっぺんからお腹を開いて飛び降りるのです!

するとお腹の卵は割れてグシャグシャ
だけどガルーフもバタンキュー(笑)
ねっ、ガルーフというのは、それほどトンマなお馬鹿さんなのです。
ガルーフは追い立てられると木に登るらしい。木の上のガルーフを捕まえるには、オール(qoer)またはアウール(qawur)と呼ばれるココヤシの葉芯をヒゴのように細くしたものでループをつくり、それを棒の先に取り付けて、しずかにそろそろとガルーフに近づけていく。ガルーフは下の方にばかり気を取られていて動かないので、ゆっくりやれば、うまく身体を輪にはめることができるのだそうだ。こんな捕らわれ方をするのもガルーフがトンマだといわれる理由のひとつになっている。


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by suyap | 2007-08-27 23:21 | ヤップの民話

ウォレアイ環礁(メレヨン)で62年前に起きたこと-これから(その五)

a0043520_19324371.jpgモトグショウ(写真左)は、ウォレアイ環礁の東礁湖(ラグーン)への入り口にある、砂州で出来た小さな島だ。お天気さえ良ければ、東環礁のどの島からでも眺めることができる。

戦時中、将兵を乗せた船や潜水艦は、みなこの島とラウル島の間を抜けて静かな礁湖に入ってきた。メレヨンという架空の名前だけを告げられて、太平洋のどこら辺にいるのかも知らないままに置き去られ、だんだん飢えて衰弱していく兵士たちは、毎日この島を眺めては、来るあてもない補給船を待ち望んでいたのかもしれない。潮の高さや波の状態など、よほどの好条件がそろわないと上陸は難しいが、環礁内の他の島々に慰霊調査で渡るときには、必ずこの島にもボートを寄せる。

a0043520_114178.jpgフララップ島は東礁湖の奥まったところにあり、礁湖に面した側には北東の貿易風の影響をまったく受けない静かで美しい砂浜が続いている。この島に5つある集落はすべてこの海岸に面しており、ココヤシの林の陰にはカヌー小屋が見え隠れする。そんな平和な風景の中に、今でもなお日本軍が残した構築物や武器の残骸を、いたるところで見つけることができる。


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by suyap | 2007-08-25 15:39 | ヤップと戦争

ウォレアイ環礁(メレヨン)で62年前に起きたこと-その四

a0043520_2313261.jpg左はウォレアイ環礁フララップ島からパリアウ島を望んだところで、フララップ島の東端に位置する。フララップパリアウの間は、大きな台風のたびに、砂州でつながったり途切れたりを繰り返している。3年前に来たときには途切れていたが、今回行ってみたら再びつながっていた。パリアウ島の向かって左手のほうには海軍・高角砲隊の陣地があったそうだ。

a0043520_2322619.jpgこの美しい海岸のすぐ側に、かつては海軍・警備隊のフララップ駐屯地があり、サンゴ石とセメントでできた大きな慰霊碑が建っている。ここへは台風時には外海の大波が直で押し寄せてくるので、碑はかなり痛んでいた。

フララップというのは「大きな島」という意味で、そのために日本海軍はここに滑走路をつくることにして、司令部や警備隊とともに工作隊と数百人にものぼる日本や朝鮮半島からの労働要員(軍属)を送り込んだ。一方陸軍もここに独立混成第50旅団の司令部を置き、砲兵隊本部、戦車隊、工兵隊、通信隊のほか、独立歩兵第334大隊を含めて1100人以上の将兵が駐屯していた。ちなみにウォレアイ環礁全体の現在の人口は977人(2000年国勢調査)である。 

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by suyap | 2007-08-24 23:55 | ヤップと戦争

ウォレアイ環礁(メレヨン)で62年前に起きたこと-その参

遺骨の収集・調査事業は、現地から遺骨発見の連絡を受けて予算が組まれてはじめて実施される。今回は前回(2004年)に受領しきれず現地で保管されていた遺骨と、その後に見つかった遺骨の受領・調査が目的だった。

a0043520_17373667.jpgスリアップ島(写真左)からも新たな遺骨が発見されたということで、現場の確認のために渡った。手元の資料によると、この島には陸軍では独立歩兵第331大隊554人と、独立混成第50旅団工兵隊(194人)の一部が駐屯していた。

現地とのやりとりの行き違いで過去に調査が終わったところを案内されてまわることになり、元兵営地のひとつだった場所に建つスリアップのカソリック教会の前に出た。この場所からもかなりの遺骨が早い時期に収拾されていたが、その後この教会を建立することになって作業を開始したら、またたくさんの遺骨が発見された。それらはていねいに集められ、島の流儀によって女たちが織った布に包まれて、教会の傍に埋葬された。そこには案内役の老人の父親や家族も埋葬されており、墓には十字架が立っていた。畑を耕したり家を建てたりするたびに見つかる無数の遺骨を、いつ引き取りに来るかわからない日本人のために保管しておくことは、こちらの人にとっては、なかなか受け入れにくいことなのだ(同様の件、こちらこちらでも触れてます)。

お墓をあばくわけにもいかないので、家族と一緒に供養してもらっている礼を言って帰路についたとき、案内の老人が急に立ち止まり手持ちのバスケットの中から何やら取り出して、「これ持っていく?」と聞いた。彼の手の平には、おそらく兵士の遺骨の一部だったであろう金歯が乗っていた。

※元戦友の方によると、このような兵営地にそのまま眠る兵士たちは、遅い時期の死者なのだそうだ。早い時期に死んだ兵士は、まだ体力のあった他の兵士によって、離れた「埋葬地」に運ばれた。それでいよいよ動ける者がいなくなってくると、兵たちは持てる体力の限りを尽くして、自分が寝ている側に穴を掘った。そして、もうこれまでだ-と死期を悟ったとき、ゴロンと転がって自ら掘った浅い墓穴に転げ込んだのだという。

a0043520_17382627.jpgところでスリアップ島で見つかったと言われていた遺骨は、近隣の小島タラマート(写真右手前)からのものだということがわかった。この島も、前記ヤガルガライル同様、バラスに木が生い茂っているような小さな島で、まだ早い時期にスリアップで亡くなった兵士たちは、ここにも運ばれ埋葬されていた。
 

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by suyap | 2007-08-23 23:12 | ヤップと戦争

ウォレアイ環礁(メレヨン)で62年前に起きたこと-その弐

a0043520_9545590.jpg1944年(昭和19年)4月、陸軍第31軍配下の独立混成第50旅団は、3隻の船団を連ねてサイパンを出航した。兵たちには行き先はメレヨンと伝えられたが、それがどこにある場所なのか誰にもわからなかった。実際には西カロリン諸島(現ヤップ州)のウォレアイ環礁を目指していたのだが、作戦上、暗号的にメレヨンと呼ばれていたからだ。

1隻の船には武器弾薬を、もう1隻には主に食料を、そして最後の1隻に将兵が乗っていた。ところがサイパンを出てまもなく船団は米軍の攻撃を受け、なんと武器弾薬船と食料船が撃沈してしまった。そして将兵を乗せた船だけが逃げ延びて、メレヨン(ウォレアイ環礁)に到着した。1944年(昭和19年)4月12日のことだった。現地には、同年2月より海軍第216設営隊と徴用の軍属によって滑走路の建設が始まっており、海軍第44警備隊も守備についていた。約500人いた島民は、少し離れたフラリス島に強制疎開させられた。

陸軍旅団は大半の武器弾薬と食料を失って上陸した途端、こんどは激しい空襲によって陸揚げしたばかりの、なけなしの食料と医薬品まで失ってしまった。これが1年6ヶ月に及ぶ飢餓との戦いの始まりだった。
(陸軍)
3205人のうち、戦死132人、戦病死2287人、生還786人
(海軍)
3221人のうち、戦死175人、戦病死2206人、生還840人
(その他)
朝鮮から連行された労働者・日本人軍属・戦災による戦籍不詳者など、
氏名の特定できない死者400人~700人?
この2月のウォレアイ環礁渡航は、厚生労働省のウォーレアイ(メレヨン)環礁遺骨受領・調査に同行してであった。環礁の島では海抜は高くて数メートル、大きな台風が来れば島中水浸しになるし、海岸線も大波で洗われるごとに変化を繰り返す。

a0043520_21121858.jpga0043520_2113661.jpg左はタガイラップ島のすぐ西にあるヤゲルガライルというバラス(サンゴの瓦礫)でできた、海岸を徒歩でまわっても(実際には足場が悪くて無理だが)20分もかからないような小さな島だ。戦争中はタガイラップと砂州でつながっていたというが、現在は途中切れている。

1944年7月にサイパン、8月にグアムが陥落した後、ウォレアイ(メレヨン)には時おりグアムから飛んでくる敵機(「定期便」と呼ばれた)の散発的な来襲があるのみで、兵たちはほとんどの時間をサツマイモやカボチャを植えて食料生産に励んだが、それらの収穫時期が来る前に、次第に衰弱して死んでいくものが増えていった。そういう初期の死者たちは、まだ元気のある兵によってこのヤゲルガライル島に運ばれて埋葬された。その数は3000体以上だという。


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by suyap | 2007-08-22 21:08 | ヤップと戦争

ウォレアイ環礁(メレヨン)で62年前に起きたこと-その壱

a0043520_23425525.jpg太平洋戦争末期、ヤップ州のウォレアイ(オレアイ)環礁で、およそ5500人もの日本軍将兵と朝鮮人を含む軍属が戦病死(ほとんどは餓死)したことは、昨年8月の拙稿:
太平洋戦争は避けることができた@ウォレアイ(メレヨン)
http://suyap.exblog.jp/4134847/
(これ以降をより理解していただくために↑ぜひ読んでおいていただければと思います)
に書いた。その後、今年2月に再びウォレアイへ行くことがあった。遅くなったが、これから5回くらいのシリーズで、いまだに多くの遺骨が眠る島々のことを紹介したい。わたしが下手な文章を連ねるより、写真や数字の記録がより良く多くを語ってくれるだろう。まず今回は、日本がどんなところで戦争をしていたのか知ってもらうために、環礁を空から見た写真を掲載しておこう。

a0043520_2344264.jpg左上の写真は、環礁の北側上空から南西方向に見下ろしたもので、手前の大きな島がウォッタガイ(オッタガイ)、それに続いて小さな島エリンガリク、ファルレガラオ、ファルラプラプ、ファルレマリテ、ピアルと連なり、遠くにフラリス島が見える。1944年4月に日本の陸軍が上陸して以来、約500人いた島民は全員、家や畑を捨ててフラリス島に強制疎開させられた。手前に大きく見えるウォッタガイ島には、陸軍歩兵第333大隊の将兵約500人と海軍警備隊が駐屯した。

※ウォレアイ環礁、ウォッガタイ島の表記は、現在のアルファベット表記ではそれぞれWoleai, Wottagaiと書くが、現地の発音ではWoはウォとオの中間くらいになる。従って、カタカナ表記としては、日本統治時代に使われたオレアイ、オッタガイでも間違いではないが、以後このブログでは、ウォレアイ、ウォッタガイと表記していくことにする。

右上の写真は、環礁の北側からタガイラップ島を見下ろしたところ。この島には陸軍歩兵第335大隊の一部と独立混成第50旅団砲兵隊、船舶工兵、固定無線通信分隊など400人近くが駐屯した(海軍の詳細は不明)。



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by suyap | 2007-08-21 23:08 | ヤップと戦争