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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

suyap.exblog.jp

判決明暗&終わりから見る

a0043520_1432963.jpg暇そうな10月になったらアレもしよう、コレもしようと思っていたのに、いざ時間があるとなると、結局カタチあることは何もできず、時間だけ経って自己嫌悪するという、子供のころからの夏休み症候群に陥っている。だから、いつも穴に篭っているシャコちゃんを見ると、妙に親近感を覚えるのだね。

で、ブログの更新もロクにせずに何をしているかというと、ハード(紙)からデジタル(ネット)まで、手当たり次第、いきあたりバッタリの活字拾い。きのうなんか、G嬢が図書館から借りてきたペーパーバックの推理小説が止められなくなって、結局夜10時までかかって読了してる始末...

だから、なかなかシャープな頭とは言い難い状態で、ほんの偶然かもしれないけれど、無意識のうちに読み物の方向性が重なっていることに気づいて、われながら驚いたりしている。

a0043520_14331629.jpgまず、うれしいニュースとしては、10月15日、福岡高裁那覇支部が出した「泡瀬干潟裁判控訴審」で、一審判決を支持し、沖縄県・沖縄市の控訴を棄却し、公金支出の差し止めを命じる判決が出たというものがあった。

泡瀬干潟を守る連絡会Blog:勝訴!泡瀬干潟裁判
http://saveawasehigata.ti-da.net/e2591071.html

現地ではそれでもまだサンゴの生き埋めが続いているようなので、これからも長い道のりがあるのだろうけど、島=地域の自然環境を保全すること、すなわち、生きとし生けるものた共生していくこと、というスタンスが再認識される流れの第一歩となることを願う。

この泡瀬干潟の埋め立て反対運動には、いわゆる「革新」系の中も賛否両論あり、地元は揺れているという。辺野古のように軍事基地反対!というなら、もっとまとまりやすいのだろうが、サンゴやハゼを守れでは、まだまだニンゲン中心の考え方の世の中には浸透しにくい。でも問題のルーツ(あるいは構造)は、基地建設とまったく同じところにあるのだけれどねえ。

もう一方の悲しい判決は、反戦な家づくりさんの記事から教えていただいた。

反戦な家づくり:最悪の「君が代」逆転判決
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-783.html

ほんとうに、何が「個々の教諭が信念のみに従っていては学校教育が成り立たない」だよ(怒怒怒)。明月さんのおっしゃるとおり、これからは、学校現場に一切、「信念」という標語は掲げないでいていただきたい。そして教育目標として、「権力に迎合する適応力の養成」とでも上げたらどうか(怒怒怒)。

a0043520_14344832.jpgさらにこの記事にリンクしてあった

暗川
http://lumokurago.exblog.jp/

というブログに出会い、ワ~っと長い時間かけて読ませていただいた。なんと説明したらいいか言葉が思いつかないのだが、とても懐かしい人に出会ったようで、このブログからなかなか立ち去りがたかった。そして、とりあえず目の前にこなさなければならない事柄がないのを良いことに、グダグダと時を過ごしている最近のわたしが恥ずかしくなったんだけど...

このブログ「暗川」の管理人である渡辺容子さんは、インターネット新聞JANJANの記者としても活躍されておられる。なかでもがんと闘わない生き方シリーズ、とくに慶応大学病院放射線科の近藤誠医師との対話は圧巻である:

がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)
http://www.news.janjan.jp/living/0907/0907287883/1.php

がんと闘わない生き方(15)近藤誠医師に聞く(下)
http://www.news.janjan.jp/living/0908/0907287885/1.php

こんなにも率直で正直な医師が日本にもおられたか、と感動を覚えた。

とても身近だった人間がふたりもガンという病を患い、目の前であっという間に旅立ってしまったという経験がわたしにもある。そばで見ていた者からすると、それらはいずれもガンという病気による死というより、過剰医療死=医療事故死に近いものに見えた。ひとりは放射線で、もうひとりは化学療法で。どんなに愛していても病気を代わってあげることはできないし、代わりに死ぬこともできない。身近なものが死に直面する姿を見ているほうも、それぞれの思いで苦しむけれど、あとで落ち着いて振り返ると、本人もまわりの者も、不思議な言い方だけど、あのとき輝やいていた。

ブログ「暗川」の渡辺さんの記事を読みながら、なんか同じようなことを、つい最近、どこか読んだり考えたりしたぞ-という思いがずーっとあったが、パソコンから離れてキッチンに行ったとき、それは、最近読み返したばかりの、青木新門さんの納棺夫日記であったことを思い出した。

「暗川」さん納棺夫日記が同じことをいっているというわけではない。ただ、生を見る視点が同じ立ち居地にあるので、わたしには、たいへんすっきりと心地よいのだ。まだ光にあえない衆生でも、光のことを思うのは気持ち良い。

どんな生物もいずれは死ぬ、そんな当たり前のことに正面から向き合わないで生きることが世の主流になったときから、大事なものが見えなくなったような気がする。

大切な人たちとの別れのときも、わたし自身がそれを受け入れられなくてちゃんと見ようとしていなかったけれど、そのときが近づきつづあったころ、ほんとうに美しく輝いていたし、わたしはそれを「知って」いた。しかしながら、まだこの世の頭陀袋(身体)を引きずっているものとしては、いまだに彼らの終わり方について無念さが残る。せめて、もっと自分らの意思で選択できるほど、十分な情報と機会に接してもらいたかったと。そしてそれ以上に、わたし自身がもっと光を受け入れ感じられたら相手も楽だっただろうなと。


ガンに限らず、インフルエンザにしても、その他のどんな病気にしても、アレキシス・カレルではないけれど、「人間-この未知なるもの」という視野で見ることも大切だと思う。「病は治るけれど、病は治せない」とは、先の書を初めて日本語に翻訳をした桜沢如一氏の名言だ。これをわたしなりに解釈すると、「気=免疫システム」のかげりで病を起こしたものは、本人の自覚と努力で回復あるいは改善または死も範疇にいれた克服が可能であるが、病を自分のこととして受け入れられず、「治してもらう」という他力本願な態度ではどうしようもない。なぜなら人=存在そのものが病んでいるのだから...とでもいうことだろうか。

そういうことを、ハッキリ患者に言える医師は、良い医者だと思う。

(追記)
これも書こうと思って忘れていたことに、上記のJANJAN記事を読んで、やっぱりがん検診なんてしなくて良いんだってホッとしたこと(笑)。ヤップみたいなとこでは検診しようがないのだけど、日本の健康保険に入ってる人はみんな無料で成人検診受けられるのになんて思うとやはり気になってたから。これで年1回自分で決めて選んでやってる検診でも、自信をもって不要な検査を省けるぞ^^



最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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by suyap | 2009-10-18 00:25 | ヤップな日々
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