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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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大型クルーズ船入港

今朝8時前に出勤すると、うちの店が入っているヤップ・マリーナの反対側、ヤップ商業港桟橋に、巨大なクルーズ船が着岸していた。まるで大きなデパートが引っ越してきたみたいだ。
大型クルーズ船入港_a0043520_2394165.jpg
これはホーランド・アメリカ・ラインスタテンダム(Statendam)、総トン数5万5千819トン、全長218m、全幅30m、乗客定員1258人、乗員557人だという。ホーランド・アメリカ・ラインは10年くらい前にも鳴り物入りでヤップ入港を試みた(当時の州知事は受け入れ準備のために公立学校を休校にした)が悪天候で水路に入ってこれず、今回はそのリベンジ(?)成功-というわけだ。

上の写真で船からうぁ~っと出てくる乗客が見えますね。人口が7000人ちょっとの島で、1年間の延べ観光客数が5000人にも満たない場所に、いっきに1000人近い人間が吐き出されたのである。こちとらダイビングの出航準備でバタバタしている最中で、このイナゴの大群の一部がのこのこマリーナの中までカメラ提げて徘徊し始めたので、わたしはメイン・ゲートを閉めてしまった。今回はニュージーランドから日本に向かうクルーズらしく、日本人らしい乗客も多く見かけた。

船旅はわたしも大好きだけど、ヤップにたまにやってくるクルーズ船の行状を目にしてからは、たとえ高価な船賃を出してくれるという人がいても、このような船には絶対に乗るまいと思っている。クルーズ船観光は小さな島を荒らします

大型クルーズ船入港_a0043520_23112832.jpgずいぶん昔(90年代初めの頃)、ある日本の文化人類学の先生から、カリブ海の島々を訪れる大型クルーズ船によって島が荒らされ、そういうマスツーリズムへの反省からエコツーリスムという発想が生まれた-というようなお話を伺ったことがる。

ヤップの場合は水路が狭く入港が難しいことが幸いして(笑)、他の島に比べるとクルーズ船の寄航はそんなに多くないが、それでも大なり小なりのクルーズ船が年に数回は来ており、最近はそれが増加の傾向にある。日本系の船会社では飛鳥も来たし、ぱしふぃっくびいなすも2年前に入港を試みた。今回のスタテンダム(Statendam)はそれらよりも大きい。

ところで飛鳥は接岸したけど出航のとき強風でお尻が振れて桟橋のフェンダーを壊し、ぱしふぃっくびいなすは水路の入り口まで来てキャプテンの判断で入港をあきらめた。ぱしふぃっくびいなすの場合、この船の陸上観光を手配をしている旅行会社を知人を介して紹介され、ヤップでのツアーのセットアップをしぶしぶ引き受けていたのだけど、入港キャンセルとなったとたん、この旅行会社は手配料、通信費、受け入れる村の準備費用など一銭も払わずにとんずらしてしまった。先方に押し切られて前払い金を取らなかったのが失敗の元だったけど、クルーズ船に群がる有象無象の旅行ビジネスは、このような傍若無人のマスツーリズム(量を押し付け現地を買い叩く)をどこでもやっているものだ。

しかし、わたしがクルーズ船観光を否定的に見るのは、上記のような直接的損害を蒙ったからではない。クルーズ船の入港は、島の人の心をかき乱すだけかき乱し、そのわりに島に落ちる金(経済効果)は微々たるもので、おまけに大型クルーズ船入港のために港湾拡張などを要求して環境破壊を誘発し、小さな島にはメリットよりも明らかにデメリットのほうが大きいからなのだ。





大型クルーズ船入港_a0043520_23124250.jpg右の写真は午後6時に離岸寸前のスタテンダム(Statendam)。強力なサイドスラスターを搭載しているらしく、風が弱まったのも幸いして一気に横滑りで離岸していった。

わたしは1日中ダイビングに出ていたのだけど、今夜の飛行機でパラオに行くお客さんは潜れないので、コロニアをぶらぶらして過ごしたそうだ。昨夜までなかった大型デパートの出現とイナゴの大群(笑)に面食らっていると、通りすがるヤップ人の車から次々に島内観光しない?と声をかけられて、更に面食らったそうだ。でっかいクルーズ船の到来は瞬く間に島中に知れわたり、車を持っていてアブク銭を稼ぎたいローカルが船の乗客めあてに客引きしていたのである。これらの「にわかガイド」が客をどこへ連れまわって何を説明したかは与り知らないが、誰も飢えてないこの島では今日の稼ぎで家族を養うというようなことはなく、今回稼いだ金も、彼らの1夜の飲み代に消えてしまうだけ、まったくもってのアブク銭なのである。

海に出ていたので今回はどうだったか見ていないが、クルーズ船が来ると、乗客目当てにハンディ・クラフトなどの土産を売ろうとする連中が、港湾に近いヤップ・マリーナのまわりに集まってくる。しかしこのような「にわか土産物屋」に売り物の質など期待できるはずもなく、売れるものは何でもという感じで、たまたま家にあったのであろう、誰かが踊りに着てターメリックの黄色いシミがついた腰ミノまで売っている人もいた。それを買うほうも買うほうだけどねえ...(笑)。

いっぽう今回の寄航でも、コロニアのレストランや商店はテンヤワンヤの大忙しになったけど、忙しい割にはどこも大した売り上げにつながっていない。こういうクルーズ船の船代というのは全食(1日に5回とか7回とか!)込みになっていて、船には数種のレストランやショッピング・センターもあり、乗客は寄港地に上陸しても、そんなに飲み食いをするわけではない。ほとんどの船はアルコール類の持込を禁じているし、現地の「貧弱な」土産物もそんなに売れはしない。クルーズ船乗客の興味の対象は船上での生活であって、寄港地の観光やショッピングではないのである。(わたしの経験では、そういう人たちを相手に張り切って観光ガイドをすればするほど、疲労感だけが残る。ゲストの側から突っこんだ質問もなく、どこに案内しても写真を撮ったらオワリだからね-笑)。

現在のヤップ商業港は、日本のODAで1992年に2倍の長さに拡張された。どこかから援助や資金が調達できれば、ヤップ州はこれをまだ拡張する計画のようだ。観光局や州政府関係者にはクルーズ船の誘致こそ大事な観光開発だと信じて疑わない人も多く、彼らは水路をもっと広くして岸壁を拡張すれば、もっとたくさんの船が来てくれるようになり、観光産業の活性化につながると思っているようだ。しかし現実がそうでないことは上記の通り。さらに港湾工事で環境が破壊されると、せっかくのエコツアーの売り物である島の自然や生活そのものが脅かされる。

このようなクルーズ船観光が小さな島に与えるネガティブなインパクトを表わした文献はないかと検索すると、江口信清先生が2001年6月号の民族学研究に書かれた論文の抄録がウエブ上で見つかった。全文をぜひ読ませていただきたいものだが、すぐには手に入らないので、とりあえず抄録を下に引用させていただく。

クルーズ船観光の人類学に向けて : 島国ドミニカとクルーズ船観光の関係を例に(<特集>観光の人類学 : 再考と展望)
本稿の目的は、観光人類学のなかでもほとんど手が付けられることがなかったクルーズ船の人類学的研究の可能性を提示することにある。観光現象に関するこれまでの人類学的研究のほとんどは、陸上に基盤を置く観光に関するものであったと言っても過言ではない。カリブ海地域はしばしば最後の楽園と表現されるように、太陽、海、白い砂浜が欧米から多くの観光客を引き付ける、観光客のメッカである。世界のクルーズ船による観光のおおよそ5割がこの海で展開される。一方、オールインクルーシヴ・リゾート地がこの地域に多く開発されてきた。両者はいくつもの点で類似している。これらの空間は外部世界と遮断され、料金を支払ったものだけがその内で楽しめる。客の多くは、この閉じられた空間そのものを楽しみに来る。そこでは非日常的な世界が実現され、一時的な地位の転換やリミノイド的な状況を体験できる。この空間では、ゲストの客とホストからなる一時的な「短命社会」と彼らの文化が形成される。独立国の国民である現地人に対して、これらの空間はあたかもふたたび植民地時代に戻ったかのような印象を与える。白い砂浜を欠く自然を唯一に近い観光資源とし、エコツーリズムを推進してきたドミニカには、エコツアーを売り物の一つにするクルーズ船の寄港が急増している。そのために、エコツーリズムと矛盾するマスツーリズム化の現象が生じている。その結果、多くの問題が生じている。クルーズ船は、観光研究や人類学にとって重要な研究上のフロンティアとなりえる。
(文中の太線はsuyapによる)
かつてカリブ海のクルーズ船ビジネスが引き起こしたマスツーリズムへの反省から生まれたはずのエコツーリズムという発想を、クルーズ船ビジネスが巧妙に取り込みながら再び侵食しようとしている構図は、太平洋の小さな島ヤップにも、そのまま当てはまるのである。ヤップ島は大きいからまだマシだが、ヤップ州のユリシー環礁やウォレアイ環礁にもクルーズ船は寄航し始めている。そちらの島々への影響を考えると、そら恐ろしい気がする。

船旅の好きな方々へ:
秘境とかエキゾチックとかエコツアーとかの宣伝文句に誘われても、小さな島に寄航するようなクルーズには、絶対に乗らないでください。現地は大迷惑しています!

江口信清先生の論文一覧


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by suyap | 2008-03-15 23:07 | ヤップな日々
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