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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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ココヤシ、ついに…

a0043520_23474012.jpgうちの屋根の上に実を落とし続けていたココヤシの木が、ついに葉と実をすべて落とされて丸坊主になってしまった。木が屋根側にかなり傾斜しているため、根元から切ると家の方に倒れる心配があるからだという。

このように丸坊主になった木は、やがてゆっくりと枯れていくが、中には生命力の強いのがいて、生き返ったりもするそうだ。そう言われてみると、なんだかこの木を応援したくなった。頑張って!生き返って!(わたしの通報が元でこの木の排除が決まったというのに…)

お昼前にはTおばあちゃんから電話がかかってきた。スーさん、サカナを煮たからご飯を食べに来なさい!はい、はい、喜んで… 今日はファースト・フライデイだから、ご飯のあとは教会までお送りしましょう^^

ご飯を食べながら聞いたTおばあちゃんの話を以下にメモしておく。何度も聞いた話もあるし、今日初めて聞く話もあり… いつもは漠然と聞き流していることが多いけど、考えてみたら、この年代の人から話を聞く時間は、もうそんなに長く残されていないのだ。

まず、今日のヒット発言は、
カエサル・ヒロヒト(昭和天皇のこと)は、パドレー・ポンス(Pons?)に洗礼を受けた!
ひえ~、それホントですか?!

a0043520_05382.jpgこの話は、Tおばあちゃんはいつクリスチャンになったのか?というわたしの問いから始まった長いストーリーの中で出てきたことだ。

その前に、この地でのキリスト教の布教の歴史を振り返っておくと、西部ミクロネシアの島々では19世紀末にスペインの宣教師によって教会が建てられキリスト教(カソリック)の布教と学校が細々と始められたが、1899年にドイツが占領して以来、ドイツ人宣教師がスペイン人と入れ替わり、ドイツ式の学校教育が熱心に始められた。

やがて1914年の第1次世界大戦勃発に乗じて日本海軍がミクロネシアの島々を占領、学校は日本の統治政府が行うことになり、「敵国」ドイツ人宣教師は活動の場を失い送金も途絶え、1921年までには全員送り返された。ミクロネシアの教会運営を憂えたバチカンは日本政府と交渉し、「より中立的な国」スペインの宣教師らを送ることで合意した。以後、日本時代のカソリック教会はスペイン人宣教師によって細々と運営されていた。第2次大戦中には6人の宣教師が「行方不明」になって(おそらく軍によって殺されて)いるという。戦後アメリカが占領したとたん、ミクロネシアはニューヨーク州のカソリック教会の管轄に入ることが米政府とバチカンによって決定され、アメリカ人の宣教師が送られてきた。
参照:
Catholic Missions in the Carolines and Marshall Islands
http://www.micsem.org/pubs/articles/historical/frames/cathmissionsfr.htm
German Catholic Missions in Micronesia
http://www.micsem.org/pubs/articles/historical/frames/germcathmissfr.htm
こうしてミクロネシアの教会史を見ただけでも、バチカンがいかに時の権力と結びついているかわかる。そういや、先代ローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世の葬儀では、ブッシュ夫妻、クリントン夫妻、ライス女史が駆けつけて、棺の前でカソリック式の弔問をし、それがメディアで大々的に宣伝されて話題になってたなあ。とくにローラ、ヒラリー、コンドリーサのご婦人方は黒いヴェールまでかぶっていたと…(ちなみに、これらアメリカ要人方はすべてプロテスタントで、敬虔な信者なら、それぞれの宗派流の弔問をするはず)。いったい、どうなっとるねん?←実はこれ、世界を読み解くひとつの重要な鍵かもね(笑)。

話が大きく脱線したけれど、Tおばあちゃん、なんと子供時代に洗礼を受けたのだそうだ。彼女は日本時代の島民学校(当時は公学校と呼ばれた)の優秀な生徒で高等科まで出て、日本人の元で働いてもいた。そんな彼女の中で、子供の頃からのクリスチャンとしての信仰、日本文化(教育)の影響、戦後のアメリカ的価値観の影響、ヤップの踊りの最高齢指導者/昔のヤップの流儀を語れる最高齢インフォーマントなどの諸々の面が、喧嘩をせずに仲良く同居しているのは、非常におもしろい。

そんなTおばあちゃんが小さい頃から説教を聴いていたパドレー(司祭オこと)ポンスは、カエサル・ヒロヒトはローマ法王にお願いして自分らをトーキョーに呼び寄せ、キリスト教に改宗した。自分はヒロヒトのゴッド・ファーザーであると、いつも言っていたのだそうだ。ポンス神父はヤップ語に堪能で、ヤップ人にはヤップ語で布教していたが、日本語は一切しゃべらず、日本人とは英語で会話したという。戦争が始まると、この神父さんは日本軍によってチュークの牢屋に入れられ、そこで亡くなった-とうことを、Tおばあちゃんは戦争が終わってから聞いた。

もうひとつ、すごい話が出た。Tおばあちゃん、いきなり声をひそめて:
東郷元帥はね、日本はアメリカのような大国と戦争すると勝ち目はないのだから、自分が生きているうちは絶対に戦争してはなりません-と言ったそうですよ。
東郷元帥???(一瞬、乃木大将や東条英機と年代がごっちゃになって、頭の中がクラクラのわたし…)。あの日露戦争の東郷さんですか?いったい誰からそんな話を聞いたのですか?と尋ねると、
そうだよ、東郷さんはネイビーの大将、ロシアをやっつけた人。あんた、知ってるでしょ?その東郷元帥が亡くなったときに、ある日本の人がこっそり教えてくれたと、あとであるヤップの人から聞いたよ。でもね、これは絶対に内緒ですよ。知れたら大変なことになる…
(あら、すみません、こんなところで書いちゃって-笑)。

東郷元帥(東郷平八郎)が亡くなったのは1934年だから、日本国内もかなりきな臭くなり始めていた頃だ。それに先立ち、ワシントン軍縮会議(1921~22年)では、主力艦は米英5に対し日本3、主力艦の建造を10年間差し控え、制限を越えた老朽艦や建造中の艦船は廃棄-という海軍の大軍縮を日本は受け入れ(加藤友三郎全権代表)、事前に加藤の根回しがあったせいか東郷もその報告を快く受け入れたという。その加藤友三郎は1923年に急逝してしまい、元よりワシントン会議の結果に不満であった末次信正、加藤寛治らの艦隊派・軍令部に担ぎ上げられて、ロンドン海軍軍縮会議(1930年)の結果に大反対をした。
参照:
政争とロンドン海軍軍縮会議
http://www.kokubou.com/document_room/
rance/rekishi/seiji/london_kaigi.htm
人物探訪: 加藤友三郎 ~ ワシントン軍縮会議・全権代表
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog474.html
いや~、Tおばあちゃんの話は勉強になりますぅ…
(お陰で、帰ってからあちこちネット検索しました~^^)
東郷元帥の後半生は批判されることが多いけど、突出する軍令部を懐柔して対米戦争回避をもくろんでおられたのかもしれませんなあ・・・?

で、最後はかなりローカルなネタ。
私のお母さんのお父さんはね、オキーフの船で出て行って帰って来なかった。オキーフの奥さんはヤップで死んだ。日本の兵隊さんが来る少し前まで、娘のユージニがオキーフの家に住んでいたよ。私もお母さんと時々訪ねて行って、お母さんとユージニは、いなくなったお父さんたちのことを話して悲しんでいた。ユージニはね、大きな女で酒が好きな人。ルムの人と何かあった(おつき合い?)かもしれない。だけど戦争が始まる前に、自分のお母さんの島(Tおばあちゃんはナウルと言ったが...?)に行って帰って来なかった…
19世紀後半から30年間ヤップで商売したアイルランド系アメリカ人オキーフ(David Dean O'Keefe)jは、1901年に香港からヤップに戻る途中で遭難して死んだことになっているが、それにも諸説あるようだ。娘のひとりユージニ・オキーフ・スコットは、第2次大戦中、インドネシアのオランダ人捕虜収容所で、元ヤップにいた日本人医師によって目撃されている。戦後は南太平洋のどこかの島で彼女を見かけた人もいるという。しかし、こういうことをTおばあちゃんに言っても仕方ないし、それよりも何よりも、わたしにとっては伝説の人物でしかない人たちをリアルに語るTおばあちゃんに圧倒されて、一生懸命に聞き耳を立てていたのだった。

いや~、勉強になりました^^

デービッド・オキーフについては、また機会があったら書くかもしれないけれど今夜はもう疲れたので、興味のある人は取りあえずMicSemのこちらの記事をどうぞ:
MicSem Articles:The Man Who Was Reputed to be King: David Dean O'Keefe
http://www.micsem.org/pubs/articles/historical/frames/O%27Keefefr.htm

Beachcombers, Traders & Castaways in Micronesia
http://www.micsem.org/pubs/articles/historical/bcomber/yap.htm



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by suyap | 2008-01-04 23:36 | ヤップな日々
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