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ミクロネシアの小さな島・ヤップより

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ヤップのホクレア号

a0043520_14145468.jpgわたしの留守中に、ホクレアはパラオからヤップに戻ってきて、4日後に出て行った。わたしの帰島が間に合えば、パラオから乗り込んだという2人のニホン人がどんな感じなのか、インタビューは無理にしても遠目からでもお顔を拝見できればと思っていたのだけど、ちょっと残念。ホクレアがヤップを去ったあとで、わたしがホクレアとそれにまつわることに(ヤップのことが不当に取り沙汰されない限り)関心をもつことはもう無いと思うが、今回のヤップ寄港で感じたことや思っていることを、ちょっとまとめておきたい。

まず初めに、こちらで紹介されてる「素晴らしい笑顔がとても印象的」な「日本人」をわたしと勘違いしている方がおられるようだが、残念ながら、それは物理的に不可能でした(わたしもその手の形容詞をよくいただきますがね-笑)。ちなみに、現在ミクロネシア連邦ヤップ州の外国資本投資許可ならびにダイビング・ビジネス許可証を受けて営業している日本国籍を持つ♀は、わたしだけです。また、ミクロネシア連邦政府より外国人就労ビザを取得して、ヤップ州内のダイビング・サービスに雇用されているニホン国籍をもつ労働者は、現時点では、♀も♂も法的には存在しないデス。

それでも、この記事を書いた荒木拓次さんは、その謎の女性から聞いたままを書いたのだと思うけど、そこら辺はどうでもよい。それより何より、彼のこの記事で貴重なのは、パラオ>ヤップ航海についての次の部分だ。
パラオからヤップまでは逆風の中での曳航航海だった。ガソリンの匂いは少なかったがやはり船酔いにかかった。3日目に入ると体は完全に慣れた。(YAP島から沖縄へ




な~んだ、というか、やっぱり、というか(笑)。
同行のマイスにはエンジンがついているが、ホクレアにはついていない。彼らがパラオ>ヤップを航海中の気象条件は、バリバリの貿易風ではなかったにせよ、まだ北東風(ということは完全な逆風)の季節なので、相当な時間をかけながらタッギングする覚悟(果たしてホクレアはそのような航海に向いているヨットだろうか?)でなければ、伴走するエンジン付ヨットのカマヘレに曳いてもらうしかない。6日にパラオを出発して8日夕にはヤップ到着と聞いて、「やけに速いな、曳航と機帆走だろうな」と思っていたのが証明されたわけだ。

こういった航海の詳細がなかなか公にならないところも、わたしがホクレア・ビジネスを胡散臭く思うひとつの原因になっている。荒木くん(なんて気安く呼ばせていただきますが)、今後もあなたの素直で正直な目で見た航海の記録を、ばんばん発表してくださいね。でも、オバサンとしては、あなたがナイノアのこんな発言を素直に受け入れているのを読むと心配です。
ホクレアがハワイを出航する直前にミクロネシアの子供の航海プログラムを行った。日本までの大航海を前にナイノアは言った。 
 
「これまでのホクレアの30年の航海は、自分の為だった。我々ハワイアンの為に航海術の復興をしてきたんだ。でも君達の祖先に何も恩返しをしていなかったことを気付き、申し訳ないと思っている。過去に向かうのではなく未来へと航海しなければいけない。だから日本もその先に見えている。 
君達の祖先へ恩返しをしたい。今日これから星の話をしてもいいだろうか?もし君達がそれを受け入れてくれるのであれば僕は喜んでこの技術をシェアしたい。どうだろうか?」 (ホクレアと自分
わたしは、ナイノア・トンプソン氏とはヤップで何度も間近ですれ違ったし、彼が宿にしていたホテルでは、同じ場所に何度もおでこをぶっつけてて、けっこうドジなおじさんやってたのを知っているけど、聞いているほうが恥ずかしくなるような、こんなキザで人を見下したようなことを言うから、どうしても好きになれないんダヨ!(だから話かける気にならなかった)

どうして、ハワイ人(=いまではアメリカ国民)に、ニホン人は「恩返し」をされて技術のシェアを一方的に提供されなければならないのだろうか?クルーの宿泊から何からすべて寄付金でまかなったりして... それに、技術のシェアとは、いったい何だよ?誰の技術?何の技術?まあまあまあ(笑)。

ナイノア・トンプソンならびに彼に率いられた連中の目線は、あきらかにニホン人(そして、ミクロネシア人)を見下していると思う。

ヤップ人(離島の人もヤップ島の人も)の多くは、本能的にそれを察知していた。


それが、とても静かなヤップ側の対応となって現れている。この現象を、ニホンにいるホクレアな人々は、「ヤップ本島人が離島の航海術を押さえつけているからだ」と喧伝するかもしれないが、リアリティは決してそうではない。

どんなに口先で優しい言葉をかけられても、相手が自分と同等の目線に立っていない(自分達と利益を共有する立場にない)ことに対する嗅覚は、いわゆるマイノリティにおけるほど鋭敏だ。ミクロネシア人がニホンやアメリカなどの「大国」に行き、人前ではとても従順で柔和な性格なのに、ときどき酔っ払った途端に突然わけもなく大荒れするメンタリティをみて、それを「理解」しようとしたり、「受け入れよう」としたりするのは、まだナイノア的な対応だ-ということをわかっていただければ、圧倒的に勢力の違う異なる文化を背景に持つ人間たちが遭遇したときの、双方の感性への理解がしやすいかと思う。そして、こういうことへの理解がない限り、ほんとうの信頼や交流は始まらない。

荒木くんとナイノアさんの感性には共通する部分も多いが、荒木くんのほうには、まだこれから新しい方面に広がるナイーブさがあると思う(だから記録者としてわたしが期待するのだけど-アフォ・メディアにつぶされないように)。その根拠のひとつとして、彼は
大切な人を救おうと強くなる事に一生懸命になり、日本社会を良くしたいと中途半端な正義感に駆られ、結局は大切な人間達を救えなかった。
と、素直に書ける人だからだ。そこからもう1歩進んで、「人は何人をも助けることはできない。何人も結局はたったひとりで生きているのだ」 「強いだけが人生じゃない。弱いことが強さだったりもする」 「格好悪くてもいいじゃない」なんてことを、しっかり受けとめられるようになればなあ-あらっ、えらそうなこと書いちゃった^^

バリバリのライフセイバーでもある荒木くんには、心と身体の芯から染みついていると思うけど、ここに、あらためて「救助の鉄則」を書いてみます。
①事故防止
②2重事故防止
③与えられた環境で出来る限りの援助をする
でしたね。
溺れている人を見て、自分に大波を乗り越えて助けに行く技量がないのを恥とするのではなく、溺れるような状況で海に乗り出さない人をつくる努力のほうが、よほど大事です。溺れている人を目の前にして、たとえそれが我が子であっても、自分の能力を超えて(パニックで)2重事故を招くような行為をしない親をつくるほうが、より大事です。また、わたしの体験から、体力・泳力バリバリの人ほど、過信から事故を起こしやすい-ということも挙げておきます。弱いことは強いことなんだ-という視野も、これからの荒木くんの人生に、ぜひ入れていただきないなあ-よけいなおせっかいだったら、ごめんなさい。でも、ナイノアが
そしてエディの話が初めて彼の口から出た。 
 
「"Eddie would go. "と言われているが、自分はあえて違う言葉で表現したい。"Eddie had to go..."」 (ホクレアと自分
なんて気障なこと言うために引っ張りだされたんじゃ、天国のエディも、「チッ」と舌打ちしてるような気がするんです。少なくとも、自分のプロジェクトを遂行中に亡くなった人のことを、勝手に美化したり卑下したり、ましてストーリーの捏造なんかしては、ぜったいにしてはいけない。

そこで荒木くんには、パラオ>ヤップ>沖縄へのホクレア航海に参加した体験を、
① ミクロネシア人も、ハワイ先住民も、ニホンに渡ってきた種々の民族も、決して冒険心によって渡海・移住したのではなく、歴史的、経済的、自然的、またそれ以外の理由があってのこと、それらは、今となっては地道な調査(勉強)と、真摯な想像力でしか察知できないこと。

② ホクレアの航海は、ミクロネシアの伝統航海そのものではないこと。
ファイバーグラス製の船体と、エンジン付モダン計器フル装備のヨットが伴走し、使っても使わなくても、クルーの中にはGPS機能やコンパス機能を備えた計器(今は安物の腕時計にもついています)を持った人がいる、ちょっと居住性の劣るヨット航海だ-という事実を認めること(かといって、それを卑下する必要はなく、堂々と航海ログを発表すれば良いのです)。ある意味では、海人丸での航海のほうが、よほどタフだったでしょうね。

③ メディア・リテラシーに十分な注意を払うこと。
以上の点をはっきり踏まえて、事実に基づいたピュアな報告をしてくれるよう期待しています。

最後に、わたしのまわりのヤップ人から聞いた、ホクレアに関する意見・感想などを少しだけ記しておく。なお公職にある人の発言は、あくまでプライベートなものである(というか本音)。人物名は名前のどっかの部分の頭文字だけ記載する(ヤップに愛をもってコミットしている人にだけ、誰の発言かわかるようにね)。

☆Historic Preservation Office(HPO-伝統や歴史的な物を保存するヤップ州機関。今回のホクレア受け入れ窓口として、最初の寄港の際に、歓迎レセプション、学校まわりツアー、歓送レセプションを受け持った)
R氏:彼らの航海は伝統的なものではない。ンガプチャイ(白人)あるいはワソール(外国人)としてとらえている。われわれの文化には、よそから来た者には援助を施す(ホスピタリティ)という習慣があるので、それに従っているまでだ。  

L氏:(2回目の寄港後、再出航したあとで)2回目は州政府としては何のイベントもしなかったよ、ヤップに帰ってきた日も知らなかったし。いつ出て行ったって?ああ、昨日(12日)だったのか。知らなかったなあ。なんでも、月曜日にカヌーの連中が持ち寄りでパーティやったってのは聞いておったけどな。そうか、出て行ったか(笑)。

☆うちのスタッフ
G嬢:(彼女とわたしは毎日メイルしあってました。ホクレアがヤップに到着という記事を読んで問い合わせた返事がこれ)「メイルに書いてあったので漁業公社の近くまで行って見渡したけど、そんな船、見えなかったよ(4月9日夕)」
彼女は最初の寄港の際、歓送会の踊り手として借り出されてブーブー言ってたので、どこに船が止っているかもよーく知っているはず。仕事と関係なくて興味がないことには、あまり深く詮索しない態度もうなづけるなあ。それに彼女、近視だった(笑)。

C男(笑):ああ、日曜日(8日)の遅い午後に入ってきたみたいだな。YFTIの同じ場所につないでたよ。えっ?いつ出て行ったかって?もう出て行ったのか?(4月13日昼の会話)
ちなみに、彼は9日と10日はスノーケリング客を乗せて出航していた。11日と12日はオフだったので、知らなくても無理ないか。

というわけで、2回目のホクレアは、静かにヤップに入ってきて、関係者だけに見送られて静かに出港した模様:
〇Polynesian Voyaging Society Reports: April 3, 6 ,and 8: from Palau and Yap
〇ホクレア号航海ブログ 4月8日

ホクレア号航海ブログPolynesian Voyaging Societyの日本語サイトなのだが、へんてこなレトリックに満ちた英文に加えてヤップを知らない翻訳者の事実認識不足のため、明らかな誤訳(迷訳)があったので、よけいなおせっかいかもしれないが、下のように訂正しておく。カッコ内はわたしが加えた補足説明。
Sunset over the glassy green waters of the harbor, flanked on the two points by traditional men’s meeting houses, and now defunct corrugated fish packing warehouses.
湾内のガラスのように滑らかな緑色の水面に沈む夕日は、(対岸の)伝統的な男の家と、(こちら側の)いまや放置され(台風の)波に打たれた魚加工場(実際にはそうではなく、JICA/OFCFの援助によって建てられた漁船へのサプライ施設)を側面から照らし。
いや~、こんなヘタクソで文法もめちゃくちゃな英文を、描かれた場所も見ずに訳さなきゃならない方のご苦労がしのばれますなあ(笑)。

(追記)上記のレポートに「ナイノアはアイスクリームとルートビアで出迎えた」とあるけど、マイスに乗ってたミクロネシア人には、ちっとも嬉しかなかっただろうネ。やっぱり、新鮮なローカル・フードとビールでしょうがっ!ここら辺でも、アメリカーを引きずってるから、少なくともヤップ州では、浮いちゃうんでしょ。

あっ、いま気がついたんだけど、もしかして、ヤップ>パラオ>沖縄の最初の予定が急遽変わって、ヤップ>パラオ>ヤップ>沖縄という時間と燃料の無駄が入ったのは、ナイノアに、一度ハワイに戻らなければならない事情が生じたせいじゃないのかなあ?ナイノアは、ヤップ>パラオまでホクレアで行き、そこから空路ハワイに戻って、空路ヤップに舞い戻って待っていた。その理由を、誰も書かないし誰も言わない... そーゆーのも、わたしには理解できないんだけどね。受け入れ準備に翻弄されている者たちの身にも、なってみなって!ナイノアには、すべての関係者に対して説明責任があるはずです。少なくともこのコース変更は、天候や海況によるものではないのだから。


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by suyap | 2007-04-14 14:23 | ヤップな日々
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